公開直前にもスキャンダル、世紀の誘拐事件を描く「ゲティ家の身代金」

左から、マーク・ウォールバーグ、チャーリー・プラマー、ミシェル・ウィリアムス、リドリー・スコット監督(Photo by Kevin Winter/Getty Images)


ジャン・ポール・ゲティは、実人生で生涯に5度の結婚をしており、5人の息子がいた。誘拐されたジョン・ポール・ゲティ三世は、4度目の結婚で生まれた三男ユージンの息子で、ユージンと妻であったアビゲイルは、早くに離婚しており、ゲティ三世は誘拐事件時には彼女と一緒にローマに住んでいた。

つまり、孫とはかなり疎遠になっていたため、また、たびたび彼が祖父の金を引き出すために狂言誘拐を計画していたという話もあり、ゲティは当初、身代金の支払いを拒否していたという事情もあったようだ。


実業家のジャン・ポール・ゲティ (左、1968年撮影、Photo by Getty Images)

さて、今回の映画のなかで、ジャン・ポール・ゲティと並んで焦点が当てられたのは誘拐されたゲティ三世の母、アビゲイル(映画のなかでは「ゲイル」と呼ばれる)だ。彼女は誘拐犯と対峙しながら、その一方で身代金の支払いを拒否するゲティと闘わなければならなかった。現実の事件のなかではあまり語られていない「母の物語」が、作品のなかではもう一方の柱として描かれている。

「この作品は冷酷な金持ちを描くだけにとどまらない。ある意味、ゲティは身代金の要求に対して先進的な回答を示した。かたや、金ではなく息子への純粋な愛情に突き動かされるゲイルの鋼鉄の意志を、交錯させるのが面白かった」と監督は語っている。

ゲイルを演じたミシェル・ウィリアムスも、「これはサスペンスに満ちたドラマであるが、同時にフェミニズム映画でもあると思う。男の世界のなかで、ゲイルの言動がまともに受け止めてもらえず、彼女はあらゆる能力を使って、周囲と対等になろうとする」と、ゲイルも「主人公」のひとりだと主張している。

確かにリドリー・スコットは、吝嗇家の石油王をクローズアップするだけではなく、ゲティ三世の母にもスポットを当て、この現実の誘拐事件を通して、ひとつのヒューマンドラマを描こうともしている。「強い女性」というテーマは、「エイリアン」(1979年)以来、彼が持ち続けてきたものでもあるのだ。

誘拐事件の危機管理、拝金主義の内側にあるもの、そしてフェミニズムの問題と、この作品がカバーする範囲はなかなか広い。サスペンスものとしても、監督の豊かな映像美に彩られ、上映時間の133分はあっと言う間に過ぎていく。

最後に蛇足だが、撮り直しでゲイル役のウィリアムスに払われた追加のギャラは1000ドルだったらしいが、ゲティ配下の交渉人役を演じたマーク・ウォールバーグには、その1000倍以上の150万ドルが支払われたという。

これが、男女の間の賃金格差を象徴する一件として大きな注目を集めたため、ジェシカ・チャステインなど「場外」からも苦言が呈され、結局、ウォールバーグは再撮影のギャラ150万ドルを「Time’s Up運動」(男女間の不平等の是正を訴える運動)に寄付することになった。

そういう意味で言えば、映画の内容だけでなく、場外の騒動にまで、さまざまな話題を振りまいた作品ではあるのだ。それにしても、何度も言うが、ケヴィン・スペイシーの演ずる、世界一の吝嗇家で大富豪のジャン・ポール・ゲティの姿は見てみたかった。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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