すでに撮影も編集も終え、昨年11月14日のプレミア上映を待っていた矢先の10月29日、ケヴィン・スペイシーによる14歳の少年に対するセクハラが報じられる。すぐにスペイシーは謝罪文を公表し対処したが、騒動は収まらず、この作品の監督であるリドリー・スコットは11月8日、スペイシーの全出演場面の再撮影を決断する。
スペイシーが演じていたのは、この作品のある意味で「主役」でもある世界一の大富豪、ジャン・ポール・ゲティ。58歳のスペイシーが特殊メイクを施し、80歳のゲティを演じていた。そのスペイシーに代わって、急遽、ゲティを演じることになったのは、御年88歳のクリストファー・プラマー。もともとキャスティング段階で候補にも上がっていたらしく、年齢も近いことから役づくりもスムーズだったかもしれない。
クリストファー・プラマーは半世紀以上も前、1965年の「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐役で有名になった超々ベテラン俳優。撮影は、11月20日から始まり29日で終了、12月7日には再編集も終え、その月の25日の公開にぎりぎり滑り込むかたちで完成した。
「ロケ地の確保や俳優たちのスケジュールなど、物理的に可能かどうかは確信が持てなかった。しかしクリストファー・プラマーの技量なら、この役をこなせるという絶対的な自信はあった」
監督は再撮影に臨んだ心境をこう語っているが、スペイシーの代役としてこの作品に出演したプラマーは、結果的にアカデミー賞やゴールデングローブ賞の助演男優賞にノミネートされることとなり、出演決定から候補になるまでの最短記録をつくったのではないかとも囁かれた。
さて、公開前からセンセーショナルな話題を振りまいていたこの作品だが、内容も1973年に世界を震撼させた「ジョン・ポール・ゲティ三世の誘拐事件」を扱っている。作品の冒頭には「実際の事件に基づく」とクレジットされていて、映画的な脚色を加えながらも、物語の骨格は事件を忠実にトレースしている。
モデルとなった事件は、アメリカの石油王で、当時世界一の大富豪とも言われたジャン・ポール・ゲティの孫がローマで誘拐され、身代金を要求されたというものだ。そして、「世紀の事件」として有名になったのは、犯人たちから身代金を要求されたゲティが、断固、身代金の支払いを拒否したことによる。
ゲティの言い分は、「ここで身代金を払ってしまったら、14人いる他の孫たちにも誘拐の危険が及ぶ」という、当時としては時代を先取りした強硬策で、それはそれで道理も通るものだが、内実は、最終的に身代金の支払額を所得控除の範囲内までにして、残りを息子への貸付金としたりした、彼の金銭に対するあくなき執着からくるものであった。
作品では、そのあたりの吝嗇家としてのゲティの姿がかなり強烈に描かれており、まさに「悪役」そのもの。この役柄を、ネットフリックスのドラマ「ハウス・オブ・カード」で徹底的した「悪」を演じたケヴィン・スペイシーがやったらどんなものになっただろうかと、思わず想像も逞しくなる。
というか、実際にスペイシーが演じた映像もあるのだから、いつの日か陽の目をみる機会もないものだろうか。
もともとキャスティングされていた俳優のケヴィン・スペイシー(Photo by Getty Images)