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2018.05.23

米国企業TOP100社の「21世紀的人材確保作戦」

米“良きコーポレートシチズン” 第1位インテルのCEO ブライアン・クルザニッチ


従業員待遇部門で7位になった化学製造業「イーストマン・ケミカル」のCEO、マーク・コスタは言う。「投資家から、従業員の待遇について聞かれたことはこれまで一度もない。彼らはより多くのリターンが欲しいだけ。待遇が労働者に何をもたらすかについて、あまり考えているとは思えない」。

そこに目を向ければ、より多くのリターンが得られる可能性が高いのに、だ。

加入率はわずか6.4% 米国労組の勃興と衰退

アメリカン・エキスプレスが、民間の雇用主として初めて企業年金を導入したのは1875年のことだ。その後、全米で年間離職率がしばしば100%を超えていた1900年代前半までに、ビジョナリーな経営者たちは、いかに労働者を惹きつけつなぎ留めるかの試行錯誤を始めた。

1914年、フォード・モーターの創設者ヘンリー・フォードは、自社の工場労働者に対し、日給5ドルという破格の給与制度を導入した(当時の相場の2倍超)。チョコレートメーカー「ハーシー」の共同創業者ミルトン・ハーシーとジョージ・プルマンは、ひとつの町を築き、社員のための住宅を用意した。工業機械製造業「ノートン・グラインディング」の創業者チャールズ・ノートンは、有給のバカンス制度に先鞭を付けている。

だが1929年に始まる大恐慌によって、こうした福祉志向の資本主義は、少なくとも一時的に停滞した。これを次のフェーズに導いたのは、1935年の全国労働関係法(通称「ワグナー法」)の成立だ。

ニューディール政策のひとつとして施行されたこの法律により、労働者は団結権とストライキ権を保障され、その後30年間、労組は勢力を拡大し続ける。同じ期間に個人年金の拡充がなされたのも、主として労組のおかげだった。

しかし、1960年代には労組の衰退が始まる。最高裁が雇用主側に有利な判決を次々と出したためだ。

たとえば会社側は、“企業統治の核心をなす”決定について交渉に応じる義務はないとされた。さらに、ニクソン政権下における全米労働関係委員会(NLRB)の改革と、レーガン時代の労組に不利となる最高裁判決や大統領令によって、組合運動はさらに下火になっていく。レーガンの任期初頭である1983年には民間企業労働者の16.8%が労組に加入していたが、これは現在の2.5倍の割合である。

ウォール街の動きもまた、労組弱体化に拍車をかけた。レーガン政権は、「ジャンク債の帝王」ことマイケル・ミルケンの時代と重なっており、このころレバレッジド・バイアウト(相手先の資産を担保に資金を調達する買収、LBO)が盛んに行われた。そこでは、会社の資産はパーツごとに分断されるレゴブロックのように、そして、労働者は資産ではなくコストとして扱われた。

1989年のRJRナビスコ社をめぐるLBO合戦の実録『野蛮な来訪者ーRJRナビスコの陥落』はベストセラーとなった。ミルケンの台頭と凋落を綴った『ザ・プレデターズ・ボール(原題)』は大いに話題をさらい、1987年のヒット映画『ウォール街』では、労働者はアルマーニを着た金融業界人の駒であるかのように描かれた。

時を同じくして、企業は年金プランを確定給付年金型から、より安上がりな確定拠出年金型に切り替え始めた。これによって企業のバランスシートには一定の健全性がもたらされる。と同時に、従業員が自分の年金積立分を携えて自由に会社を辞め、それを個人年金制度である個人退職勘定(IRA)や、転職先の年金プランに移すことも可能になった。

すべての労働者が“フリーエージェント”であるのなら、優秀な人材を獲得し、定着させることにこそ、競争優位が存在する。「米“良きコーポレートシチズン”TOP100」に選出された企は、早くからこれに気づいていた。

たとえば同ランキング60位のデルタ。2007年に経営再建を果たしたあと、この航空会社は年間利益の一部(現在は少なくとも10%)を社員に還元しはじめた。

「彼らに約束したんですよ。事態が好転したら、真っ先に君たちがその恩恵を受けるんだ、とね」と、CEOのエド・バスティアンは言う。過去5年間に、デルタは50億ドル近くを従業員に与えた。一方、株主に対しては、過去10年間に170%(S&P500種指数の2倍)のリターンをもたらした。意外かもしれないが、同社の社員の労組加入率は、老舗航空会社のなかでは最も低い。
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文=マギー・マグラス、ローレン・ゲンスラー、サマンサ・シャーフ 翻訳=町田敦夫 編集=杉岡 藍

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