通常、僕らが食べている豚は生後6カ月(105kg)ほどで肉になるのだが、5Jのイベリコ豚はなんとその3倍から4倍の期間養育され、1歳半から2歳まで育てられる。
そしてその最後の半年間10月から3月の期間、イベリコ豚はこのデエサで放牧され、好きなだけ、お腹いっぱいにドングリなどの野生の食物を食べる。1日の食事の量は、およそ8kg。そうして深い味をのせて出荷される。
この期間が大切なのは、コルク樫のドングリ、野生のきのこ、根っこ、草などがいちばん豊富にある時季だからだ。その半年間で体重が50%増えた豚だけが最高規格の「ベジョータ」の称号が与えられ、出荷されるという。
そもそもこのコルク樫の木が生えるデエサなるものは世界的に見ても珍しいものであって、全面積の60%はなんとスペインにあるとのこと。もう地の利というか、必然がここにあって出来上がったものなのだ。
社員全員が自社の製品を自慢する
ここで話を最初の「一貫性」に戻そう。
僕はここでいろんな部門の方たちとお話をさせていただいた。デエサを管理する人、豚を管理する人、屠殺する人、解体する人、塩漬けする人、熟成を管理する人、レストランで働く人、僕を案内してくれた広報の人。
それぞれ仕事する場所も内容も大きく違い、物理的に職場も離れていたり、服装も見てくれもその雰囲気も話す口調も、とても同じ会社で働くようには見えない人たちだったが、共通点があった。それが、
「目を驚くほどキラキラさせ、自分の商品を魂を込めて自慢する」ということだった。これは話を「聞く」より「体感する」と言ったほうがいいくらいの圧倒的なパワー。経営者や広報の方が自分の商品を自慢するのは容易に想像がつくが、彼らの場合、端から端まで、あらゆる職種の人が、全員なのだ。しかも同量の魂を感じることなんて、想像していなかった。
僕はその時、涙が溢れ出てしまった。実は今も思い出しながら涙が目に溜まっている。思い返すと、その時の感情の高まりは、当時自慢できるような商品を作って売っていなかった自分を恥じて……という理由ではない。
ただ多くの端から端までの人が、同じ熱き想い、同じ熱量でもってモノづくりをしている会社が、この世にあったのだ、存在するんだ! ということを知った純粋な感動の涙だった。僕はそれを「思いの一貫性」と名付けた。そしてそれは、鹿嶋パラダイスを作る時の理念になった。
サンチェスロメロ社は、「100%純血のイベリコ豚」を守っていくことをポリシーとしている。一方、昨今のイベリコ豚の氾濫は、やはり交雑豚が主な原因だ。が、別に美味しければいい話なので、安くて美味しくするためにイベリコの血を掛け合わせることは悪いこととは思わない。
だが、デエサがない限り、5Jのような、ドングリを豊富に食べて大きくなる豚を育成することは不可能だ。どう転んでもイベリコ・ディ・ベジョータはそんなに出回るものではないのだ。
聖地と聖地のコラボレーション
さて、スペインで僕はもう一箇所、別の“聖地”にも行った。それは、その地の名は「トレベレス(Trevelez)」、スペイン南東部シエラネバダ山脈の標高1500〜1700mに位置し、スペインで最も高いところにある「村」だ。
そのトレベレスのもう一つの肩書が「生ハム最高の熟成場所」、ぬお〜〜〜っ!ここにも絶対に行かねばならん!
トレベレスは白豚原料のハモンセラーノの聖地だ。この地は標高が高いため豚自体の生産はしていないが、近郊のムルシアから厳選した雌豚の足を原料にする。乾燥した気候と風が吹き、お店の主曰く「特別な菌がいる」とのことで、低温でじっくり特別な菌と相まって熟成するのでとてもまろやかで滋味深い味がする。
僕は8軒くらいある生ハム店を物色した。するとその中に、な、な、なんとイベリコ・ディ・ベジョータの腿を仕入れてトレベレスで熟成した3年物の生ハムが、2本だけ置いてあったのを見つけたのだ。
僕は興奮し、即購入。それは、“聖地×聖地”の奇跡の2本。生ハムは日本に持ち帰れないので、バルセロナの宿に送り、最後の晩餐に同じドミトリーの仲間と生ハムパーティをした。それは奇跡の夜だった。もう一度あの奇跡に会いたい……。
連載 : 「食のパラダイス」をつくる自然栽培農家の私感
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