無能だった私を変えてくれた凄い人たち──CM監督 市川準さん(後編)

このコラムのために奥様から拝借した市川監督の写真。とてもやさしい、ご尊顔ですね。

前回のコラムで触れましたが、CM界の巨匠の市川さんは、4年前の口約束を守って、少ない予算の小さな仕事を快く引き受けてくれました。

企画内容には自信がありました。ストーリーが分かりやすいように、いろんなアングルからコマ割りをしている私の企画コンテに対して、市川さんは定点からの1カット撮影に変更した演出コンテを提案してきたのです。その料理の仕方の大胆さ、クリエイティビティに感心して、採用しました。

しかし、そのCMの仕上がりは……イマイチでした。

それから半年後、くりぃむしちゅーを起用した高橋酒造『しろ』のテレビCM制作の仕事で再会しました。その演出コンテ出しの打ち合わせで、市川さんが「最近、映画にかまけて、CM作りをなおざりにしていた」と頭を掻きながら、まったく同じ手法の演出コンテを提案してきたのです。

半年前のことがよぎり、「このまま採用すべきかどうか……」とても悩みました。でも、市川さんは、前回の言い訳を一切しませんでした。前回からの改善点なども一切言いませんでした。

「同じ手法ですね?」という非難めいたニュアンスを込めた私の質問に、「そうだね」と、ただ微笑んでいるだけでした。
 
紙の上に描かれた2次元の絵と言葉の世界が、3次元となって命を吹き込まれる間に起きる摩訶不思議なことに、クリエイティブ・ディレクターとして賭ける勇気を試されていたのです。同時に、プロの技術を信じて、任せて、自由に動ける環境をつくるという発注する側の礼儀と度量も試されていたのです。

『しろ』のCMは、オンエアされると反響が大きく、売上に貢献し、国内外の広告賞も多数受賞しました。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの3大陸の国際広告賞の受賞作だけを集めて選出されるTHE CUP Awardでは、その年の飲料部門の最優秀賞になりました。

世界的な広告業界のカリスマ、David Drogaが審査員長をした国際広告賞のSPIKESでは、日本から唯一の金賞を受賞。表彰式の壇上で、トロフィーを受け取る時に、Drogaが「私は、このCMが今年の一番だと思う」と耳打ちしてくれました。市川さんの演出技術が、世界に認められたのでした。

市川さんは、このCMが完成した日の夜に急逝されました。オンエア後の喜ばしいことは、いつか直接、ご報告とお礼を述べたいと思っています。そのためには、これから善行を積んで、まず、私が天国に行くに相応しい生き方をしないといけません。 
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文=松尾卓哉

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