イスラエル・イノベーション庁のアミラム・アップルバーム長官は、イスラエルのスタートアップが盛況な理由について、「確実な方法なんてものはない。完全な『エコシステム』があるから成り立つのです」と言い切る。スタートアップを始める環境としては、国内総生産(GDP)の4.3%を投資に充てる政府の協力だけでなく、大学や研究機関のバックアップが不可欠で、さらに国内外からの投資も必要になる。それがイスラエルではうまく回っているのだが、もうひとつ欠かすことができない要素が、イスラエルの「徴兵制」だと、アップルバームは言う。
イスラエル国民のイノベーション意識は、徴兵制が可能にしていると言っても過言ではない。イスラエルでは18歳になると、男性は3年間、女性は2年間、強制的に軍に入れられる。その際、軍の人事部門はすべての若者をスクリーニングする。科学やエンジニア部門で秀でた人材はすくいあげて、徴兵時期を延期して大学などに送り、学費など十分な支援をしながら若者を育てていく。
これによって際立った人材が確保される一方、そのほかの兵士たちも、「他国で同世代の若者がビールを飲んで遊びまわっている間に、生きるか死ぬかの状況を経験する。大きな組織内での働き方も学ぶのです」とアップルバームは話す。またサイバー戦や衛星技術、無人戦闘機のテクノロジーなどさまざまな先端技術に触れることもできる。
事実、イスラエル軍にはサイバー作戦を担う「8200部隊」という精鋭部隊が存在するが、この部隊出身者が立ち上げたスタートアップの数はこれまで1,000社を超える。
ただイスラエルでは、こうしたエコシステムに加えて、目には見えない「愛国心」がカギになっているようだ。スタートアップを起こした人たちと会話をすると「イスラエルという国の一員」であるという意識が強く感じられた。敵対国に包囲される資源のない小国で、軍に所属して自国の危うい実態を目の当たりにするからこそ、国または民族としての生き方を意識するようになる。政府がスタートアップで国を盛り上げているという「必然性」を体で感じているからこそ、起業家たちにも同じ方向に進んでいるという一体感が生まれている。そんな意識が「スタートアップ立国」を支えていると言えそうだ。
軍で数年を過ごして規律や技術力、愛国心を身につけ、その後大学などに進み、政府や研究機関の支援を受けながらスタートアップを興し、国内外からベンチャー資金を得て事業を大きくするー。これこそがスタートアップ国家であるイスラエルが誇るエコシステムなのだ。
アップルバーム長官は、スティーブ・ジョブズが遺したこんな言葉を引用した。「イノベーションこそが、リーダーとフォロワーを区別するものである」
イスラエルは、スタートアップ企業が生み出すイノベーションで世界を牽引しようとしている。近未来を提案するスタートアップを次々生み出しているイスラエルには、どんな近未来が待っているのか。フォロワーに甘んじていないことだけは確かだろう。