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2018.05.06

世界はいま「美術と観光」を求めている|北川フラム

大地の芸術祭では、里山の自然とアート作品が融合する。「たくさんの失われた窓のために」(内海昭子) 撮影:倉谷拓朴



廃校や空き家を使ってつくられた作品も多く、あるものを生かして新しい価値が生み出されている。「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」(田島征三) 撮影:宮本武典+瀬野広美

──そのなかでも、現代美術にフォーカスしているのが「大地の芸術祭」です。

20世紀の現代美術も、都市の限界、地球環境の問題、グローバル化のなかで各地の固有の文化が失われていくことなどについて、正面からかかわっていくものがありました。いま一度、この越後妻有という場所において、現代美術が本来の「技術」を体現するならば、ものすごく“効く”だろう、と。

──その「技術」を見に、多くの人々が越後妻有を訪れています。

トランプがアメリカの大統領になり、国連の機能が低下しているなかで、去年驚いたことがありました。国連のなかの志をもっている人々が、2017年を「開発のための持続可能な観光の国際年」だと言いだしたんですね。これは何も、名所旧跡に行くということではないんです。「違う土地にいって、違う人に会え」という話なんです。違う人がよそにいて、違う価値観がある──それを知ることがいまいちばん大切なんじゃないかと、国連が全力で打ちだしている。これは本当にすごいことです。

批評家の東浩紀が近年『観光客の哲学』として、観光の重要性を語っているわけですが、ぼくもまったくその通りだと思いますね。いろんなことに出会い、学ぶということは、根本的な意味で資源を増やしていくということと同じ意味だと感じます。

──そこでイメージされている経済は、現行の経済システムとは異なるもののような気がします。

要するにぼくは、いろんな人と会うということが、お金以上の最大の価値のひとつだと思っているんですね。越後妻有を訪れた多くの人の感想が「地元の人と話せてよかった」というものです。一方で地元の住民の人たちも、美術作品の周辺で、観光に来た人々に美味しい水を提供したり、トマトやスイカを切って食べさせたりしている。

これはつまり、「贈与」の関係ですよ。経済というのは、貨幣もたしかにひとつの形態ではありますし、物々交換というかたちもあります。しかし、そうしたものにかえることができない、ギブ・アンド・テイクの「贈与」の関係性──いろんな人たちに会い、世界が広がっていくという経験が、人間にとっての資源であり、経済活動の原点だと思います。

──そうした原点としての経済のあり方が、結果的に実経済的な意味でも地域を豊かにしている──芸術祭ブームのなかで伝わるべきは、その順序、ということでしょうか。

大切なのは、経済を、気持ちの「贈与」も含めて、お金だけではなく原点から考えるということです。おそらくは、経済界全体もそちらにシフトしつつあると考えます。実はいろんな業種の企業から、ビジネスパーソンの人たちが「大地の芸術祭」を見に訪れているんです。地域文化のあり方を意識し、興味をもち始めているのを感じます。

──そうした「シフト」の予兆を、20年以上の月日をかけて、越後妻有の地で美術という「技術」を通して体現されてきたわけですね。

もちろん、当初は大変でした。いまでこそ「空き家を使ってくれ」と声をかけてもらえますが、最初は個人情報だからといって、空き家についての情報を一切もらえませんでした。しかし徐々に、人間が一生懸命生き、積み重ねてきたいろんな地域の文化を、その価値観を、きちんと表に出すことが大きな意味をもつことが、みんなわかってきたんだと思います。「あるものを生かして、新しい価値をつくる」ということですね。

──そうした一筋縄ではいかない苦労やそこで表現されている価値観が、芸術祭ブーム、そして地域経済圏が注目されるいまこそ顧みられるべきなのではないでしょうか。

結果だけ、「アートで何かやれば何とかなる」と思っての地域芸術祭では、アートの出来上がり方のイメージがまったく違う。そうではない、普遍的なことがあるはずです。越後妻有でも、結果的に、美術作品はシンボルにはなりますよ。しかし、そこに行って感動するのは、地域の人が親切に話してくれた、美味しいものを食べられた、お祭りに参加できた……そうしたフェイス・トゥ・フェイスの場に対してなんです。

多様なものが、何でもある。それこそが、「大地の芸術祭」なんだと思います。


大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018
会期:2018年7月29日~9月17日
開催地:越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町)
作品数:約360点
http://www.echigo-tsumari.jp/

文=宮田文久 写真=小田駿一

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