「私たちは直接被害がなかったけれど、家を焼け出された人や避難している人にできることがあるなら協力したいと考えました。とくに、お腹を満たすだけではなくて、温かくておいしいものを口にすることで、少しでも被災者を元気づけることができたなら幸せ。まだ多くの人がシェルターで暮らしているため、炊き出しはこれからも続けていきます」(カイル・コノートン氏/「シングル・スレッド」オーナーシェフ)
彼のコックコートには「Napa and Sonoma Relief」と刺繍されていた。これは、カリフォルニアを代表する名店である「フレンチ・ランドリー」のトーマス・ケラーシェフなどと一緒に支援を続けているグループの名前である。
レリーフとは、日本の英和辞典では安心、救助などと訳されることが多いが、彼らが行っている活動は、最低限の衣食住を保証するプライマリーなケアではなく、上質な料理を差し入れるという支援、つまり心の余裕や落ち着き、1日のささいな喜びを与えてくれる間接的なサポートであろう。
でもその些細な配慮がどれだけ心を豊かに温めてくれるか……東日本大震災のあと石巻でボランティアをしていた筆者は、コンビニのおにぎりの冷たさと、手作りの温かな豚汁がどれだけ心理的に異なる影響を与えるものか、身をもって体験している。
「ナパ、ソノマは燃え尽きていない」と、この旅で出会った多くの人が口にした。その言葉は半分真実で半分は強がりだとも言えるだろう。実際、サンタローザの街はその一部ではあるものの大きく焼け落ち、一面の焼け野原になっているのも紛れのない事実だ。ただ、「ナパ、ソノマの人々の情熱は燃え尽きていない」。
もし、ナパ、ソノマを支援したいと考えるなら、ぜひこれからもかの地を訪ねていただきたいし、2017年ヴィンテージのカリフォルニア産ワインを目にしたら積極的に手にとっていただきたい。焼け落ちた建物は建て直すことができても、人の気持ちにすりこまれたダメージや印象はなかなか修正が難しいのだから。
これからもナパ、ソノマのあの人々の笑顔を忘れず、折りにふれ、できることをしていきたいと思っている。
Silenus Winery:70年代にはロバート・モンダヴィなどにブドウを売る生産者であったが、今は自社畑でワインを造るエステート・ワインとして、少量生産のこだわりをもって造るワインが人気に。
Freeman Winery:カリフォルニアで唯一、日本人で女性のアキコ・フリーマンさんがオーナー兼ワイン醸造家を務める。シャルドネとピノ・ノワールのみでブルゴーニュスタイルのワイナリー。
KENZO ESTATE:カプコム創業者の辻本憲三氏が私財を投じて一から造りあげたナパの広大なワイナリー。そのワインはカリフォルニアや日本の一流レストランにもオンリストしているほか、東京の直営店でも楽しめる。
Single Thread:ソノマの街、ヒールズバーグにある農場、レストラン、ホテルが一体となった施設。オーナーシェフは「ミシェル・ブラス トーヤジャポン」(北海道・洞爺湖)でシェフを務めたこともあるカイル・コノートン氏。