都内100棟の供給実績で、独立系不動産カンパニーとして独自の存在感を放っていたインヴァランス。しかし代表取締役の小暮学はそこに甘んずることなく、ハードそのものである不動産パラダイムは近い将来必ずシフトすると確信し、米国シリコンバレーに乗り込んだ。果たしてそこで手にしたものは何だったのか。
ユーザーエクスペリエンスを追求すれば住環境にもAIは不可欠になる
「もはや住居は単なる暮らしの容器ではない。居住者が住まいに合わせるのではなく、住空間が居住者の体験や経験に寄り添うべく進化するべきではないでしょうか」
そう語る小暮が最初に手がけたのは、スマートフォンによる総合IoTアプリケーション「alyssa.(アリッサ)」だった。alyssa.はエアコン、鍵などのIoT対応装置をスマホでコントロールすることを可能にした。ユーザーインターフェイスを馴染みのあるスマホにすることにより、外からのIoT機器操作を身近にし、新しいユーザーエクスペリエンスを創出する。それはすでに大きな成功を収めていた──。
「alyssa.導入物件で驚いたのは、92%MAUという驚異的な使用率。それならもっとUXを高める仕掛けもアリだと思ったんです。次のレベルはAI。住環境自体が居住者の行動をディープラーニングすることによって、IoTのその先へ行けると思った。そのためにはAIロボティクスの最先端の場所へ飛び込むしかなかったのです」
シリコンバレーにはAI関連のスタートアップだけでも無数に存在する。彼らのピッチする技術はそれこそ玉石混交。そのなかで彼の視線を捉えたのはBrain of Things(以下、BoT社)だった。
「それこそ数え切れないほどの企業と面談しました。そのなかでわかったのは、資金を求めているのか、技術を拡張させる協業者を求めているのか、二分されるということ。前者は新奇でも現実には実用化できないものが多く、後者はよりシビアに私たちが何者かを見定めようとする」
事実、BoT社との最初の面談は不穏な空気で始まったという。
「何しろ、私と目を合わせない。開口一番が“我々に資金は不要だ”という言葉。考えてみれば当然です。スタンフォード大学・チェリトン教授と、元コーネル大学・サクセナ教授が手を組んで生まれた生え抜き技術者集団のBoTですから。それこそシードやシリーズAの段階で充分すぎる資金を獲得済みだったのです。
“それで君は私たちに何ができる? どんなヴィジョンをもっているんだ?”
驚きましたが、自信をもって答えられる提案はありました。
“あなた方の技術『CASPAR(キャスパー)』の実証実験に使用可能な1000戸を提供できる。このUXを日本に広げられる”
途端に彼らの目の色が変わりました。“それなら話は違う”と。そしてインヴァランスはBoT社と握手をして、協業を開始することになったのです」