時は奈良時代。17歳の主人公・国人は、両親を流行り病で亡くした後、兄の広国とともに銅鉱山で課役を務めていました。暗く狭い穴倉で空腹に耐えながら、東大寺の大仏建立のための銅を掘り続ける日々。そんな過酷な状況でも、素直で一途に働く彼を放っておけなかったのでしょう。後に彼が師匠と慕った景信からは文字の読み書きや薬草の知識を教わり、先輩たちからは大仏を作るための技術を習得していきます。そして、その知識や技術を人のために役立てていく……。
ここまででも十分読み応えのある内容ですが、物語はまだ序盤。上下2巻からなる長編小説の本書は、国人が故郷の銅鉱山で働いていた時代、大仏を作るために瀬戸内海を越えて奈良に行く場面、建立している時期と大仏を作り終えて帰る場面の4つで構成されています。
私にとって読書は、息抜きであり、日常。移動時間や眠る前に読むことが多く、読んだ冊数はここ十数年で優に2,000冊を超えています。特に、疲れている時は小説を手にすることが多いでしょうか。
多ジャンルの作品を書いている、著者の帚木蓬生氏の作品もほぼ読破したはずです。帚木氏が、なぜ文献の少ない奈良時代を物語の舞台に選んだのかはわかりませんが、お酒の種類や酒の肴など、生々しいほど詳細に庶民の生活が描かれており、これもまた本書の魅力です。
しかし、最大の魅力は主人公の生き様です。真面目に生き抜いた彼の人生には、初恋を除けば華やかさはなかったも同然。親兄弟や師匠、恋心を寄せた人とさえ生き別れ、苦しみと死ばかりを見てきた人生でした。それなのになぜ彼は、自分の境遇を受け入れ、与えられた役割を果たしながら、学び、技術を身につけることができたのでしょうか。それはきっと彼がどんな仕事にも、苦しさの裏に小さな喜びがあると気づいていたからだと思うのです。
本書を読み終えた時、私はなぜか国人は幸せになれたと確信しました。本文に全く書かれていませんが、不思議にそう強く感じたのです。
ビジネスでは目立った活躍をした人にスポットが当たりがちですが、その人たちだけでは事業は成りたちません。弊社の技術者や研究者たちは、日本を代表する企業・大学・研究機関と新製品やシステムを開発する、いわば日本の縁の下の力持ち。
スポットが当たらなくても、前向きに仕事に取り組む彼らの力は、多くの企業、ひいては日本にとってなくてはならない大切な存在なのです。だからもっと誇りをもってほしい。
国人の生き方への感銘も影響したのかもしれませんが、2年ほど前から努力を積み重ね、環境を改善しながらよりよい仕事をしてくれた従業員に、社長賞を贈ることにしました。私が社長でいるうちはずっと続けていくつもりです。
title : 国銅(上)
author : 著 帚木蓬生
date : 新潮社724円(税込)432ページ
にしお・やすじ◎名古屋大学法学部を卒業後、日本長期信用銀行に入行。その後、山佐、国際興業等を経て、2008年にグッドウィル・グループ取締役に就任。テクノプロHD新体制のもとで常務取締役兼財務経理本部長を務め、13年7月に社長兼CEO兼CFOに就任。