すべての個人情報を捕捉する中国フィンテックの危険性

街角の果物屋でもモバイル決済が当たり前。アプリ会社が割引を補助している。一方、店先に貼り出されたQRコードを狙う輩もいる


同じことはシェアサイクルや配車サービスにもいえる。以前よりだいぶ良くなったとはいえ、上海で自転車に乗るのは、少々大げさに言えば、路上のカオスに身を投じる覚悟が必要だ。

かつての自転車大国だった名残から、中国では比較的自転車レーンが充実しているが、自転車通行禁止の道も意外に多く、いきなり警官に怒鳴られることも。歩道にもかかわらず、バイクが走っていたり、一方通行なのに逆走してきたり、無音の電気自転車が超スピードで脇をすり抜けてヒヤリとしたり……。

まったくボンヤリなどしていられない。それ自体が中国の実相そのものだが、やはり気になるのは、自転車に乗っていても、常に自分のいる位置をGPSで誰かに把握されているという現実だ。

中国では、日本のいわゆる「白タク」が合法なので、配車アプリで自家用車の運転手を選んで呼ぶことができる。タクシー運転手と彼らでは支払いのルールが異なり、前者は現金での支払いも可能だが、後者はモバイル決済しかできない。

つまり、ボラれることはないのだ。仮に運転手が客とトラブルを起こしたら、アプリ会社に伝えることができ、運転手には悪い評価が下される。その評価は公開されるため、「白タク」の運転手のほうがタクシーよりマナーがいいという声も聞かれるくらいだ。中国でライドシェアが進んだのは、利便性のみならず、安全性が高まったせいでもある。少なくとも彼らはそう考えている。

実際、さまざまな犯罪を想定した機能がいくつも組み込まれている。たとえば、よく聞くのはQRコード詐欺の予防。冗談みたいな話だが、市場や屋台に置かれたQRコードを自分のものとすり替え、客の支払いを横取りしようとする輩がいるという。また、シェアサイクルのQRコードを取り換えるという人間さえいると聞く。

4月に入って屋台などが使う「静態(固定化された)」のQRコードの1日の決済額の上限を500元までにするというルールが急遽施行されたのも、この種のコソ泥対策という面もありそうだ(実際には、銀行を介さない株取引などの多額の電子マネーの送金をこれ以上拡大させないための布石であるとか、理由はいろいろ考えられるが)。

他人のスマホからQRコードを隠し撮りする輩を想定して、「ウィチャットペイ」利用者のQRコードは1分くらいたつと別のものに随時切り替わるしくみになっている。これを「静態」に対して、「動態」のQRコードという。

中国で「Yahoo Japan!」は使えない

さらにすごいのは、仮にモバイル決済で誰かに金をだまし取られたという場合、詐欺の通報も「ウィチャットペイ」のアプリで即できる機能があることだ。一般にクレジットカードを紛失したとき、誰かに使われないようカード会社に電話するが、モバイル決済の場合、履歴が残り、盗んだ相手が最初からわかるのだから、問題ないのである。

西側社会では「フェイスブック」の個人情報流出問題でSNSに対する規制をめぐる議論が起きているが、中国政府はこの点については問答無用である。むしろ中国のフィンテックのひとつの特徴は、こうした個人情報の徹底した捕捉による監視効果で、逆に国民の支持を得ていることだ。

中国社会が基本、性悪説で成り立っているからだろうが、こういう世界が果たして近未来のキャッシュレス社会といえるのだろうか?
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文・写真=中村正人

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