「誌面に掲載されて、やっと社員の親御さんに理解してもらえました」という声だ。
「せっかく大学まで出たのに、あるいは大企業に就職したのに、なぜ小さな会社に入社したり転職したりするのか」と、親が嘆くのだという。世間の根強い“錯覚”を物語る話である。なぜなら1998年頃から、企業の明暗は規模の大小だけでは測れなくなり、未来を読むモノサシにならなくなっているからだ。
金融危機と倒産が相次いだ98年以降、新興国の台頭、デフレ、Eコマースの隆盛など経営環境は激変している。経済の仕組みが変わるなか、大企業ではなくても環境の変化に対応し、独自の存在意義を示している会社は多い。しかし、「発明、アイデア、その背景にある哲学をもつ企業が知られていなかったり、埋もれたりしているのは、大きな機会損失だと思っていました」と、「スモール・ジャイアンツ」のアドバイザリーボード(審査員)、笹川真は言う。
笹川は電通ビジネスデザインスクエアで、宇宙関連企業ispaceのHAKUTOプロジェクトにかかわるなど、広告制作で培ったクリエイティビティを企業支援に広げている。笹川がスモール・ジャイアンツのテーマに位置づけたのが、「第2のスノーピークを探そう」だった。
新潟県三条市にあるアウトドアの世界的ブランド「スノーピーク」は本社がキャンプ場になっていることで知られ、“スノーピーカー”と呼ばれる熱狂的なファンが国内だけではなくアメリカなど海外にも多い。
1958年に創業した同社は、オリジナルの登山用具や釣り道具の製造販売を経て、ハイエンドのキャンプ用品の分野を開拓してきた。今回、同社社長の山井太にも審査に加わってもらった。その山井に、90年代にアウトドアブームが去って停滞を経験したとき、いかにして突破口を見出したかを聞くと、彼はこう話した。
「96年をピークに日本のオートキャンプ人口は急速に減少します。この頃、社員がスノーピークのタープを裏返しに張っているキャンパーをしばしば目撃し、我々が追求してきた機能が半減してしまうと危機感を抱きました。そこで社員が、お客様から本音を聞くキャンプイベントをやらせてほしいと私に訴えてきたのです。98年に初めてお客様とキャンプイベントをやると、生の声に気づかされたことがありました」
キャンプ用品が「異常に高い」という声があった。耐用年数の長さや機能性の高さから、テントは他社の4倍の値段だった。
「お客様のことを考えて商品開発をしており、絶対的価値が高いため、価格の高さは理解されていると思っていました。しかし、何のために作ったのかという意図が伝わっていなかったのです。また、小売店によって品揃えも違います。そこで問屋さんとの取引をやめたら、8万円のテントを5万9800円くらいまで下げることができました」
このキャンプイベントで山井が気づいたのは、「問屋さんや小売店さんは私たちのビジネスパートナーであって、真の顧客ではない。真の顧客はキャンパーの皆さん」ということだ。流通改革を断行し、小売りと直接取引を始めた。顧客と価値の共有を行ったのである。
「顧客との距離」を一気に縮めた同社は、毎年、キャンプイベントを行い、焚火トークで客と語り合うことを続けている。世界観を共有することで、アウトドア文化を高めていく役割を果たすのである。