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メーカーは、クライアントに依頼されて試作品を作る場合、自分たちの実力を知ってもらおうと完成品に近い物を作りたがる傾向がある。しかし、完璧なものに近づけば近づくほど、労働コストも材料費もかさむ。

一方、クライアント側にしてみれば、まだ導入するかどうかを決めかねている段階だからこそ、試作品で様子をみたいわけであり、できれば製作費は安く抑えたいし、結果も早く知りたい。クライアントが大企業でない場合は、この傾向はさらに強くなる。

そこで、最初は欲張らず、限定した機能のみをチェックするためのラフなものとして試作品を仕上げる。これがMVPだ。


プロトタイプは、最低限の機能だけを搭載し、1ヶ月以内で製作。「倍々のペースで、開発の依頼が来る」と社長の亀田は言う。

ラフな代わりに納期は短く、製作予算も低く設定する。これならクライアントも発注しやすい。そして、次の段階で別の機能の確認のためにまたMVPを作る。このときにはもう少し予算を増やしてもらうわけだ。

この方法で営業をかければ、いままで「そのお値段ではうちではちょっと」と断っていた案件も「とりあえずここまでやってみましょうか」と受注できる。こうすれば亀田が求める360度オープンの営業が可能となるのである。

そして、360度オープンへのいわば呼び水が「ワイヤレス給電世界一」という謳い文句なのだ。

次のようなシーンを想像してほしい。とある製造会社の会議で「うちで使っているあの機械をワイヤレス給電にできないかな」という意見が出る。担当者がグーグルで「ワイヤレス給電」と打ち込む。すると検索上位に「ワイヤレス給電30年の実績 ビー・アンド・プラス」と出てくる。これは、「ワイヤレス給電に特化する」「世界一をめざす」と盛んに宣伝したことの成果だ。

さて、この担当者は「そうか、ワイヤレス給電と言えば、ビー・アンド・プラスという会社なのか。でも値段はどうなんだろう」と思って試しに会ってみると、ビー・アンド・プラスの営業から提示された金額は(リーン・スタートアップ理論に基づいて)思ったよりも安価であり、さらに納期も短いので、「とりあえずMVPを作ってもらおうか」となる。

実際にこうした営業戦略によって亀田たちは意外な顧客を獲得した。医療現場ではさまざまな電子センサーにつながったモニターで患者の体調を観察している。このセンサーとモニターをワイヤレスにすれば、これまで接触していた部分の滅菌が必要なくなり、衛生状態を良好に保てる。

また手術室の床を張っていたワイヤも消え、術中の転倒などの事故防止にもつながる。さらに、結線状態の機器はどうしてもよじれや回転運動が苦手なのだが、ワイヤレス化すればこの問題も消える。攪拌器などの給電にはもってこいだ。

変わり種は、会津大学と共同で開発した「合鴨ロボット」のワイヤレス充電化。同大学は合鴨農法をロボットで実験しているが、田んぼの水で濡れ、泥に汚れた合鴨ロボットのソケットにプラグを差し込む危険がワイヤレス化でなくなった。

こうして、自動車工場の生産ラインの搬送機から小さな学習キットにいたるまで、ワイヤレス給電ならできるかぎり受注するようになった。ただし、このような仕事に対応するには、技術部は、柔軟なフットワークと、高い技術力を併せ持っていなければならない。


ワイヤレス給電の試作・開発・現場。社長の亀田は「製品数、採用率ではうちが群を抜いている」と、製品化実績には自信を持つ。

彼らが1Wから1kWまでの広い電力レンジでのワイヤレス給電に対応できているのは、360度オープンの営業方針に対して、技術者が柔軟に高い技術力で対応したからにほかならない。亀田が、新規営業部を立ち上げたとき技術部門のトップを起用した理由はここにある。

実は、新規営業部のリーダーに技術部から抜擢された寶田は、食堂での亀田新社長の就任演説を聴いたとき、シラケていたわけではなく、心中「なるほどな」とうなずいていたのだという。

最後に、亀田が掲げる3つの目標の3番目を紹介しよう。

「ワイヤレス給電についての研究は進んでいるんですけど、実用化はまだまだこれからだし、そのぶん隠れている市場は大きいと思っています。そして、それを開拓していくのは我々中小企業です。ロボット産業を見てもらえればわかるように、大手はすでに見えているマーケットを力ずくで開拓するのは得意だけれど、まだ見えてないマーケットを切り拓いていくのは苦手ですよね。

だから、ワイヤレス給電と言えばすべての分野でビー・アンド・プラスが進出している、そういうところまでこの会社をもっていけたらな、と思っています」


亀田篤志◎1979年、埼玉県生まれ。北海道大学大学院量子集積エレクトロニクス研究センター卒。2003年に、デンソーに入社。各社のカーナビゲーションの開発を実施後、トヨタ自動車へ出向。07年に、ビー・アンド・プラスへと入社し、各部門を担当後、アメリカ支店設立のため渡米。帰国後、15年に代表取締役社長に就任。

文=榎本憲男 写真=佐々木 康

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