「白衣高血圧」という言葉がある。正常な血圧が、病院の外来に来ると上がるのだ。医者の白衣を見ると、「切る」「射す」の処置を連想して緊張し、体に負担がかかるからだろうと言われている。
一方、「仮面高血圧」は白衣高血圧とは逆に、普段は血圧が高いのに医者の前では下がる症例のことだ。漢方医になってから「仮面高血圧」を多く診るようになった。
外科と違って、漢方外来は患者も医者も落ち着いていられる。その違いではないかと外科医から漢方医に転身した医師からも同様の話を聞いたことがある。「仮面高血圧」は厄介で、血圧が高いことに気づかないので治療の機会を逃してしまう。
このように心のありようが体に影響を与えると考えるのが、東洋医学である。痛みについても同じだ。がん患者の恐怖心は痛みを強くする。病巣に関係ない部位に痛みがでると、転移してがんが進んだのではないかと疑ったり、「なぜ自分だけが」といった感情を抱いたりすると、病状に強く影響する。
以前、ある禅僧が「痛みは心のもちようでコントロールできる」と言ったことがある。心頭滅却のことかと思い、「では、心が体に与える影響を少なくするためにはどうするのか」と、私は禅僧に問うた。すると、「物事を平たく観ると精神が落ち着く」と言う。決して痛みはなくならないが、そこに付きまとう恐怖心をなくせるという。
例えば、血圧が高くても低くても「どちらでもよい」と思うのだそうだ。「平たく」とは、どれがよいとか嫌いだと思わず、「どうでもよい」と思うこと。「血圧が高いのはよくない」と考えすぎると、低くなって検査データまでマスクされてしまう例もある。
もちろん血圧は高ければ治療しなければならないし、思考だけで何とかなるわけではない。ただ、診察をしていると、心の影響に症状が左右される例を多く診る。
体によいか悪いかにこだわりすぎたり、血圧が低いか、高いかなどと線引きすること自体が、無意識に体に負荷をかけているようだ。体は有機体のようなもので、周囲の出来事の刺激に対してダイナミックに反応する。
こんな症例を診たことがある。30歳の女性が、「急に足の冷えが激しくなった」と訴える。詳しく話を聞くと、最近、失恋したという。漢方の世界では体を構成する「気」「血」「水」という概念のうち、どの部分の調子が悪くなっても他に影響すると考える。だから、失恋という心の痛みがストレスになって、「気」の調子が悪くなり、「水」に影響して冷えたのだと診断した。
ストレスは冷えを招く。冷えに対する処方はせず、ストレスにだけ対応する生薬を処方した。心の痛みが和らいだのか、冷えは2週間で改善した。
物事を平たく観ることができれば生死も越えられると禅僧は教えてくれた。生はよくて死はダメと線引きするなという意味だろう。もちろん、私にはできそうにないが。
さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。聖マリアンナ医科大学の内科講師のほか、世界各地で診療。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)。桜井竜生医師と浦島充佳医師が交代で執筆します。