ビジネス

2018.04.17 16:30

技術者が続々、盛岡に集結 不思議歯車から始まった「理想郷づくり」

アイカムス・ラボ社長の片野圭二の呼びかけのもと、企業、大学、地元銀行、研究機関が連携。盛岡のみならず、東北一帯をライフサイエンス機器の一大産業拠点にしようとするムーブメントが起こり始めている。


次第に、この不思議歯車がさまざまな機器に応用され始める。そして、決定的な転換点が医療分野で起こる。片野が開発した、ピペッティと呼ばれるペン型電動ピペットが医療業界で注目を集めたのだ。
advertisement

医療・製薬の現場で微量の液体を垂らす時に用いるペン状の器具がピペットだ。片野は不思議歯車を使って、ペンのように握れるようこれに改良を加えた。その結果、精密に垂下でき、さらに腱鞘炎の予防にもなると医療界で話題になった。片野は医療という分野にビジネスの可能性を見いだし、この分野で産官学での情報交換会や勉強会を積極的に推進し始めた。


不思議歯車を使うことで、従来の電動ピペットの重さを3分の2に減量することに成功した。

この動きは、東北の医療界でなにやら興味深い動きが起きているという噂になって、やがて千葉でメタロジェニクスという医療系ベンチャー企業を経営する岩渕拓也の耳に届いた。興味を持った岩渕は、東北に出かけ、片野を中心とする勉強会に参加する。
advertisement

「僕はバイオを囓ったこともあり、臨床の現場にも通じているという自負はあったんです。けれど、医療機器についてはイマイチよくわからないところがあった」と語る岩渕が、機器に関する片野のメカニックな知識と技術に魅力を感じたのは自然な流れだろう。

「でも、この人はスゴい! と僕が心底感動したのは、知識やビジネスセンスではなくて、医療のベンチャー企業が連携して東北を活性化していこう、再興していくんだっていう片野社長の思いだったんです。このオジサンとがっぷり四つに組むためには僕も本気にならなきゃいけないなと思い、セルスペクトという会社を興して、岩手に引っ越したんです」。

さらに、岩渕の口から思いがけない提案が発せられ、これがまた新たな転換点となる。

「世界に売りましょう、今すぐに」と言われた時、片野は正直戸惑いを感じた。「世界を目指すにしても、まずは地元で実績を積み上げ、次に東京に進出し」などと思っていたからである。しかし、「無駄な段取りを踏む必要はありませんよ。もうすぐデュッセルドルフで医療界の国際マーケットがあります、そこにブースを出しましょう」と岩渕は強く勧めた。

そうか、と思い直した片野はドイツに飛び、さまざまな国の人間と商談し、さらに息子の友貴を東京から呼び寄せ、海外販売をあつかう商社トリムスまで作ってしまった。

興味深いのは、息子の友貴の他にも、一度県外で就職した人間が、Uターンしてアイカムス・ラボで働くようになっていったことだ。現在、取締役開発部長を務める上山忠孝行、そして生産技術部部長の阿部雄司をはじめ、社員の中には多くのUターン組がいる。

さて、盛岡工場の閉鎖後に生まれたベンチャー企業の中に、イグノスという会社があった。社長は大和田功という片野の同期である。片野グループに参加した大和田は、プリンター製造で培った画像処理の高度な技術を持ち込んだ。こうしてさまざまな技術が片野のもとに集積していく。

片野・岩渕・大和田という先端技術に強い三人のビジネスマンに〈官〉と〈学〉が絡む形で、医療界のベンチャービジネスを東北で活性化していくことをめざすTOLIC(Tohoku Life science Instruments Cluster)が立ち上がった。

医療という旗の下、臨床機器、画像処理、ソフトウェア、薬剤、基礎医学などのベンチャーの高い専門性が激しく交じり合い、化学反応を起こしながら、大きなうねりとなって、東北を覆い、さらに海を越えようとしている。

先に挙げたトリムスは、アイカムス・ラボの商品の販売会社ではない。TOLICの参加企業すべてを担当する、いわば東北の医療ビジネスを海外に伝えるスポークスマンである。

「大企業が地方に工場を作って指示を出し、地方は労働力を提供するなんて構造から脱却しなければならないんですよ」と片野は言う。

しかし、このような〈中央が設計し、地方が製造する〉構造が地方に雇用を生み出してきたことも確かである。

「だから、どんどん起業して、ベンチャー同士が連携していかなければならないんです。なので、うちの社員には独立を勧めています。勧めるからには援助もします。家族を連れてきてもいい。東京に出た者もどんどん戻ってきて欲しい。とにかくベンチャーを増やす。そして一緒に仕事をする。互いの技術によって助け合いながら、小さな力と声を大きくしていくんです」

社名、アイカムス・ラボのアイ(i)は、宮沢賢治がとなえた理想郷イーハトーブ(ihatov)に由来する。「お好きなんですか」と聞くと、「好きというか誇りに思っていますよ、東北の人はみんな」と静かに答える片野は、現在TOLICの保育園の運営を模索中だという。


片野圭二◎1961年、岩手県生まれ。上智大学理工学部機械工学科卒業。84年、アルプス電気に入社。盛岡工場にて、おもにプリンターの開発設計や技術開発業務を担当。2003年、アイカムス・ラボを創業した。14年、TOLIC(Tohoku Life science Instruments Cluster)を共同設立。大阪工業大学で博士号を取得している。

文=榎本憲男 写真=佐々木 康

タグ:

連載

SGイノベーター【北海道・東北エリア】

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事