ビジネス

2018.04.16

カギはITと人間力の組み合わせ 海外からの視察相次ぐ「町の交通システム」

2016年に完成した東秩父村のハブは、「和紙の里」にある。道の駅のほかに紙漉き体験や研修所、食堂、移築された文化財などがあり、撮影時も中国からの団体客で賑わっていた。



イーグルバスの川越営業所。「当初はITだけで最適化できると思ったが、社員たちの人間力、そして地域の人との協働なしでは限界は超えられないと気づいた」と社長の谷島は言う。

そこで求められるのが、谷島が言うところの「創客」という理念だ。

16年に完成した東秩父村のハブは、「和紙の里」という道の駅に併設した。そのため、買い物客や観光客が集まる。谷島は、このハブに郵便局や役場の出張所など行政機能も持たせたいという。

「これはハブの第2レベル。人が集まり、お金を落とし、イーグルバスにも乗ってもらえる。最適化はバス会社単独でもできる。でも、その先は自治体と協力して観光客や住民を巻き込まないと」

もはや、バス会社の役割を超えている。

「東秩父村のハブは、完全な街づくりなんですよ。路線バスは、最終的に街づくりの一環だというポジションを取れば、まだ成長できると思うんです」

ハブ&スポークス方式には、第3レベルもある。今度は、ハブとハブを結ぶのだ。

「そうすれば、病院や美容院など、過疎化で失ったサービスを取り戻すことができるでしょう。曜日を決めて、ハブごと巡回すれば、効率がいい。巡回医療サービスや巡回美容サービスです。私たちの仕事は、地域を結ぶ、人を結ぶ、心を結ぶことだと思うんです。うちは、お客さんから『最近、あの運転手さん見かけないけど、どうしたんですか?』と電話がかかってくることもあるんですよ」
 
街づくりというと途方もないことのように思えるが、1から10まで面倒を見る必要はないという。

「感覚から言うと、7合目まで来ると、あとは勝手に転がっていく。ときがわ町にバスを走らせた05年〜06年ころは、レギュラーコーヒーを飲める店がなかった。でも観光客が訪れるようになると、カフェマップができるくらい喫茶店ができた。何か一つのきっかけで、自然発生的に広がっていくのが街づくり。ハブはそのきっかけになる」
 
公共交通は街の土壌づくりなのだ。いい下地をつくれば、そこには、花が咲き、実がなる。ただ、留意すべきは、データを誰が読むかだ。それによって地域の将来は決まる。谷島はかつてMBAの勉強をしていたとき、「ショックを受けた」と言う。

「外資系の大手ファンド会社の人からすると、キャッシュを生まないものは悪なんです。その考えに、違和感を覚えました。たとえば、あるバス停の乗客数が1日平均0.5人という数字が出たとしましょう。ファンドの人は、1日で1人も使っていなければ、その路線は落とそうと判断する。

でも、この数字には週2回、通院に利用するおじいさんが含まれているかもしれない。その足を奪っていいのか。公共交通を預かる人間は、数字の裏にあることにも目を向けなきゃいけないのです」

イーグルバスにとって、最初の仕事が福祉であったことが幸いだった。

「福祉に一度絡むと、弱者の存在を無視することができなくなります。特別支援学校などの送迎は、子どもたちがバスの中で暴れたり、粗相したりすることもある。でも、ある運転手さんは『普通の子よりもかわいいですよ』と言って、定年退職時に『この子が卒業するまで続けさせてください』と言うんです。それが、思いやる心を持ったプロフェッショナルであり、人間力なんです」

路線バスの経営で壁にぶつかったときも、「社会の問題を解決しよう」という意識があったから前に進めたのだ。谷島は語る。

「うちは社会的企業を目指している。社会の問題を解決しながら利益を出して成長する。利益は目標ではなく、会社が生存するための条件。つまり、当たり前のことなんです。利益を目標にすると、手段を選ばなくなってしまいますから。路線バスによって得た、私にとっての新しい境地でしたね」

イーグルバスは、世界的企業にもなりつつある。

14年、ラオスの首都から使節団が来日し、全国8社のバス会社を視察。その中で選ばれたのがイーグルバスだった。谷島社長が説明する。

「ラオスの交通は非常に混雑し、安全性も低い。ただ、日本のように高齢者など交通弱者の問題はなく、利便性を高めることに注力しました」

昨年はカンボジアの路線バスの整備も始めた。川越の小さな営業所内のパソコンではラオスやカンボジアの路線図が映し出され、運行中のバスの位置や車載カメラからの映像までをチェックできる。イーグルバスは海外路線バスの「司令部」の役割も果たしているのだ。


川越営業所のモニターでラオスの首都の運行状況がわかる。日本とは逆に、ハブを混雑する街中から郊外のショッピングモール付近に移して人の動きを変える予定だ。

今後も、海外からのリクエストは、増えるだろう。昨年1年間で、アジアを中心に13カ国の使節団がイーグルバスを訪れたという。


谷島 賢◎1954年、埼玉県生まれ。78年成蹊大学法学部卒業後、東急観光に入社。81年にイーグルバス入社。2000年に社長に就任し、現在にいたる。「小江戸川越」の観光バスで注目を浴びる。11年に、国土交通省関東運輸局選定の初代「地域公共交通マイスター」に選ばれる。英ウェールズ大学でMBA、埼玉大学で理工学博士。

文=中村 計 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN ニッポンが誇る小さな大企業」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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