私は、フェイスブックが最近陥っている苦難とその対応姿勢を見て、なぜかこの歌の歌詞が頭に浮かんだ。素晴らしい風刺作家でシンガー・ソングライターのトム・レーラーが、著名ロケット科学者について歌った『ヴェルナー・フォン・ブラウンの歌』のものだ。
この歌詞が示しているのは、たとえ技術的に傑出したものを作っても、魔人が一度ランプから出てしまえば、最終的にどのような影響が出るかは誰にも分からない、ということだ。今週米議会で行われた公聴会でのフェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)の証言を、私が強い関心を持って見ていた理由もここにある。
英政治コンサルティング企業ケンブリッジ・アナリティカなどの会社によってユーザー8000万人以上の個人情報が盗まれ、政治目的で利用されたことを考えれば、フェイスブックは管理体制と責任をめぐる重大な問題に直面している。
世界中で22億人のユーザーを抱え無秩序に広がったビジネスを、同社はどこまで管理する(あるいはできる)のか、そして既に起きてしまった大問題に対し同社はどのような責任を取っているのか、など多くの論点がある。しかし私がみるに、ここでの真の問題は、シンプルだがそれほど簡単ではない一つの問いに集約される。それは、「このようなことが二度と起きないという確証は果たして得られるのか」だ。
ザッカーバーグCEOは、同社側に大きな過失があったことを認めている。米政治専門サイト「ポリティコ」によると、ザッカーバーグは公聴会で「こうしたツールが害を及ぼすために使われないようにする防止策を十分に講じていなかったことは明らかだ」と証言。「これはフェイクニュースや米選挙への外国の干渉、ヘイトスピーチ、開発者、情報プライバシーに対しても言えること」だと話した。
またザッカーバーグは、データ漏えい問題への対応が不十分だったことも認めた。「自分たちの責任について、十分に広い視点を持たなかったのは私の過ちであり、謝罪する。私はフェイスブックを創業し、経営している。フェイスブックで起きることの責任は私にある」