筆者は在米21年になるが、ひとりの日本人がここまでアメリカを揺り動かすことはなかった。実はアメリカ人の大リーグファンにとって、大谷はこれまでの日本人大リーガーと大きく違う根源的なポイントがある。
まず、こちらでは大谷を評する修飾語がどんどん大きくなってきたのに驚く。ベーブ・ルースと大谷を比べる記事が日本側に多く見受けられるが、今日のESPN(全米最大のスポーツ専門チャンネル)では、むしろベーブ・ルースは二刀流ではなく、当時の所属チームであったレッドソックスが愚鈍で、投手か野手かどっちで使うべきかわからなかっただけのなりゆきだから、ベーブ・ルースと比べるのは大谷の偉業に対して「不十分」だとさえコメンテーターのキース・オルバーマン氏は言った。
オルバーマン氏は80年代から活躍するスポーツと政治の超一流ジャーナリストであり、このレベルのジャーナリストが神格化されたベーブ・ルースを抑えて大賛辞を送ることは大谷フィーバーがアメリカでホンモノであることを物語っている。
さらにMLBネットワークの著名な野球記者、ジェイスン・スターク氏は、「大谷は大リーグ史上、最高の才能を備えた選手だ」と語っている。これほどの修辞はかなり珍しいことだ。
こうなってくると、オープン戦でさんざんに大谷を批判したメディアも信頼回復に右往左往だ。前出のオルバーマン氏は「Deke」(フェイントという意味)のスポーツスラングを使い、「スポーツメディアは化かされていたのでは?」とユーモアたっぷりだ。
たった2億6000万円で大リーグに
もちろん野茂英雄以来、たくさんの優れた日本人選手が大リーグで活躍してきた。しかし、正直、フィーバーというほどのものはなかった。大谷がなぜ「大谷フィーバー」を起こし、他の選手がフィーバーを起こせなかったのかは、いくつか根源的な問題がある。
まず、ほとんどの選手は、「果実」で言えば、熟してからアメリカに渡っている。みな、約10年日本でプレーしてからアメリカに来ている。松井秀喜で10年、イチローで9年、田中将大や前田健太で8年。
これはFA権の問題に加え、25歳未満だと大リーグ側に契約金に上限ルールがあるので、契約金と年棒を跳ね上げるためにはそのくらいの実績を日本で積んでおいたほうがいいという代理人の思惑も働いている(代理人はパーセンテージで報酬を得るので、一攫千金型の契約ほど魅力がある。例えば田中将大は7年契約で約160億円)。
しかし、大谷はわずか5年の日本でのプレーで大リーグに渡り、「争奪戦」と伝えられたところで、約2億6000万円にとどまった。カネの話はおおっぴらになるのがアメリカなので、ファンはシーズンが始まっても球団がいくら選手に払っているかということをいつまでも覚えている。
シビアな話だが、「払っているだけ働いているのか?」という視点でファンは見ている。選手はみなマイクの前では「カネじゃない」というが、最後は代理人の誘導のまま、「カネのいいところへ転職」というのが大リーグの現実だ。