中国のテクノロジー大手テンセントが開発したこのソーシャルメディアアプリは、それ一つで友人や家族とつながることができるだけでなく、タクシーを呼んだり、食事のデリバリーを注文したりすることができる。映画チケットの購入や公共料金の支払い、さらには病院の予約を取ることも可能だ。
米アルファベットやアップル、フェイスブックをはじめとする欧米の各社がユーザーに提供する経験も、WeChatと同様のものではある。だが、それぞれのサービスはより細分化されており、エンドユーザーは大半の場合、利用できる機能を増やすために個別のアプリをダウンロードしなくてはならない。
それ一つでさまざまなサービスの利用が可能になるモバイルアプリが中国市場に根付いたのは、その市場に特有の性質のためだ。そして、その性質を同市場にもたらしているのは、次の4つのダイナミクスだ。
1. 「モバイルファースト」のメンタリティー
「モバイルファースト」はよく耳にする“バズワード”だが、世界各国の中で本当にモバイルが中心になっている国は、中国だけだ。中国では他のどの国よりも、携帯電話がライフスタイルの一部となっている。
中国では、オンラインショッピングにおける携帯電話の利用が2015年に初めてPCを上回った。一方、調査会社ユーロモニター・インターナショナルによれば、米国の消費者の間で同様の転換が起きるのは、2021年と予想される。
2. 「ソーシャルコマース」の進化
アジア地域の消費者は、オンラインで過ごす時間に関して現実的なアプローチを取る。ソーシャルメディアのプラットフォームの普及に伴い、各プラットフォームは企業と協力し、幅広いインフルエンサーのネットワークに各社のブランドメッセージを伝えた。その結果、アジア太平洋はその他の地域に先駆けて、ソーシャルとコマースの融合が実現した。
一方、欧米ではソーシャルメディアに関する体験は、はるかに細分化されている。さまざまなニーズを満たすための多数のアプリが存在し、それぞれが同じユーザー層の獲得のために競い合っている。
3. 「新しい」つながり方
新興市場の消費者の間では、メッセージングアプリは日常生活に欠かせないものとなっている。例えば、昨年のユーロモニターの世界の消費者トレンドに関する調査結果によれば、中国ではモバイルメッセージングアプリを利用可能な消費者の80%近くがほぼ毎日、同アプリを利用している。一方、米国ではその割合は、わずか30%程度にとどまっている。
可処分所得が少ない場合が多い新興市場の消費者は、WeChatなどのメッセージングアプリが市場に登場すると短期間のうちに、従来のSMSからそうした無料アプリの利用に移行した。
4. 「習慣」の影響
新しいテクノロジーや、従来からある活動を行うための新しい方法はそれが何であれ、先進国市場ではすぐには取り入れられにくい。古くからある習慣を変え、新しい方法を取り入れるインセンティブに欠ける場合が多いのだろう。
WeChatなどが登場した時点で、中国市場には先進国市場のような「既存」のバイアスがなかった。市場のタイプの違いは、欧米とアジアに見られるモバイル決済やソーシャルコマースの普及ペースの差にも表れている。WeChatを手掛けるテンセントが大きな野心を抱く一方で、中国と欧米の市場ダイナミクスの違いは、同社が自国以外の市場に進出し、成功することを困難にしている。
また、欧米のテクノロジー大手はWeChatが中国の消費者の大多数の生活の一部になることに成功した戦略に気付き、まねようとしているようだが、これら各社にも、中国市場への進出においては同様の立場に置かれることになる。