Forbes JAPAN 編集部 編集長


まず、三寺は取引先を行脚して、「お取引を停止させてください」と、頭を下げた。「プライドだけで引き受けていた赤字の商売が多く、出金を減らすために8割のお客さんと取引を停止しました」と、銀メッキ繊維以外の商材を捨てた。

銀メッキ繊維への集中戦略にした理由は、利益率が高かったことと、問い合わせの電話がかかってくるからだ。しかも、購入する客に、靴下メーカーと並んでソニーやパナソニックなどの名前があった。何の目的だろう? 疑問に思ったが、購入量が少なく、それぞれ10万円にもならないため、社内で気に留める者はいなかった。

しかし、顧客の声にヒントがあるはずだと、三寺は顧客を訪ね歩いた。多くが大企業の研究所であり、「お宅以外に選択肢はない」と絶賛された。「これほど導電性が高い糸はない」と、電気を通す導電性に注目してウェアラブルの研究をしていたことがわかったのだ。

三寺は京都に戻ると、「売価を4、5倍に上げましょう」と社内で提案した。「ダメです」。反対の声があがった。繊維は原価に対して15%の粗利を乗せるのが常識である。値上げして売れなくなったら、残った3人の社員の給与すら払えなくなる。

三寺は外資系企業で経験したことを話し始めた。「たくさんの利益をいただくからこそ、開発とお客様のフォローアップができます。売り上げではなく、利益の大きさで見ましょう。その利益で人と時間を集中してお客様を手伝ったら喜ばれます。原価ベースではなく、価値ベースで価格設定をしましょう」

この年の暮れ、彼は社長就任を知らせる年賀状を買おうとして愕然とした。年賀状を買うカネすら会社に残っていなかったのだ。「糸の販売量が爆発的に増える見込みがなく、社員がようやく食べていける程度だったのです」。三寺自身は無給で、自分の貯金で融資の返済を行っている。「貧乏はつらくないのですが、耐え続けるのがつらかった」と言う。

彼は“親父の言っていたことはこれだったのか”と気づいた。「こんなにいい繊維なのに、なぜ売れへんのや」という父の嘆きが蘇る。父のように最終製品に挑戦しなければ、ずっと環境に振り回される。

会社の顧問に就いた父親に、三寺は顧客が糸を評価する理由を聞くことにした。すると、「それはやな」と、父が語り始めたのは意外な答えだった。秘密は「糸」以上に「織り」にあったのだ。

三寺は「僕は舐めていました」と説明する。

「のちに私たちはウェアラブル製品を開発して、世界でもっともきれいに身体データが取れるようになります。これは糸だけでなく、かつて父が市場化するために行ってきた独特の“織り”に秘密があります。アナログの職人による微妙な技術で、よそではできません。なぜなら斜陽化によって技術の伝承が途絶え、機械自体が日本に残っていないし、機械をつくる技術者さえいないのです」

1965年、西陣織から編みに事業転換したが、社内に織りの機械と人は残り、技術は昭和の時代から奇跡的に受け継がれていた。通常、ウェアラブルとして身体データを取るには、皮膚に圧力をかけるようにセンサーを密着させなければならないが、独自の織りによる三寺たちのウェアは伸び縮みする布そのものがセンサーであり、肌に貼りついているわけではないのに正確なデータを取るという画期的なものとなる。

15年、社名をミツフジに変更した。模倣困難性の圧倒的な高さで優位に立つミツフジに、「サンプルを送ってほしい」と連絡をしてきたのは、フランスのバイオセレニティという医療会社だった。ここが研究していたのは「てんかん」の予知である。

開発本部長の小副川博通が説明する。

「てんかんの予知は、患者さんの親御さんにとって大きな意味があります。大人は発作がくると感じたら、車を停めたり、椅子に座ったりができます。しかし子どもは慣れていないため、発作が起きそうだと感じることができません。親御さんにとって1分でも事前にわかれば、という切実な願いがあるのです」

バイオセレニティは世界から糸を集めて、7社を国際コンペにかけた。もっとも性能が高いと評価されたのがミツフジだった。心拍間隔の異変をウェアで検知して予知につなげようと、ミツフジが開発を担った。

製品化を目指した三寺が気づいたのは、多くの企業がウェアラブル市場に参入を望んでいること、そして、衣服、データ送信のトランスミッター、クラウドの構築など、各パートを別の会社で開発している実態だった。

市場の成長を遅らせている原因がそこにあるのならば、ミツフジがトランスミッターからクラウドまでトータルで開発し、顧客のニーズに合わせてカスタマイズすればいい。このサービスを最終製品にすることにしたのだ。学生時代のネット書店やIT企業での経験から得意分野である。父親がつくりあげた誰にもできない織りとITを融合させることで、客のニーズに応えるビジネスになる。

文=藤吉雅春 写真=佐々木 康

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