技術経営士の会という組織もかわっている。この会は、東証一部上場企業で代表取締役を務めた経営者や大学教授、中央官公庁で事務次官級の職位を歴任した人物をはじめ、著名なメンバー120人以上が顔をそろえる技術同友会の下で、技術と経営の支援をすることを目的に結成されたものである。
旭化成の社長やオリンパスの社外取締役で取締役会議長を歴任した蛭田史郎は、化学に通じ、マネジメントにも技術にも長けたプロフェッショナル経営者である。
蛭田は、「必ずしも中小企業だけでなく大企業の経営者にもいえることですが」と前置きして、「おおむね共通の課題が2つある」と指摘する。
「過去の成功体験から脱却できないこと。これは経営する企業規模の大小を問いません。環境変化を直視することができない、意識しない。第二点として、自社の事業のマーケットについて意外と知らないこと。製造業であるなら、下請けに甘んじてしまって、自社製品の最終顧客の情報を知らないままでいることが多い。だから、マーケットが将来どう動くかがわからない」
いい製品をつくっていればいいのだという自意識と慢心につながりやすく、ものづくりに徹するあまり、エンドユーザーの真のニーズを知らずに下請けのままで終わってしまう。環境変化にも取り残される。
「技術=ものづくり、とは必ずしもいえません。いま急速に広まっているIoTも、技術だけでなく、サービスを含めて進化している」
功成り名を遂げ、第一線を退きつつあるマネジメントのプロたちは、報酬を第一の目的とはせずに経営支援をつづけている。
中小企業の経営支援で最も大切なことは何か。そう訊ねると、蛭田は迷いなく答えた。
「現場に行くということですね」
新しい金融をつくっている
業容と組織を変えつづけてきた理事長の落合寛司は、「メガバンクの1万円札も西武信金の1万円札も、同じ1万円の価値でしかない」と、絶妙なたとえで語る。
「西武信金の1万円札だけは1万5000円の価値があるなら、小でも大に勝てる。しかし、そうではないのだから、どうしてもスケールメリットに負けます。西武信金のいちばんの特徴は、大きな変革期にうまく適合できたビジネスモデルをつくりつつあるというところ。いまはまだ進行形です」
2000年に金融機関として日本では初めてビジネスフェアを開催。信金の職員が集金をしなくなった代わりにフェアでつきっきりでマッチングをしていく。出展した企業にとっては販路拡大となり、市場が広がった。
進行形であるなら、近年の上り調子一本の西武信金の業績をどう形容すべきか。
顧客の預金残高は増加の一途である。2010年6月に落合が理事長に就任して以降、6年間の推移を見ても、5499億円増えて1兆8807億円となっている。
より重要なのは顧客に融資している貸出金額の推移で、同じ6年間で6539億円増加し、1兆5703億円となっている。
預金残高のうち、どれくらいを貸出(融資)に回しているかという割合を、預貸率という。この預貸率は、2010年の68.8%から、2015年72.9%、2016年76.1 %、2017年は82.73%と上昇している。
業界平均は下がる一方で50%を切っているから、西武信金のそれは突出している。
では、積極的に融資しているから焦げ付いて回収できなくなる額も高いのではないかというと、そうではない。不良債権比率は年々低下し、2017年は1.32%にまで下げている。したがって貸倒引当率も低い。
大きく預金を集めると同時に、大きく貸し出している。他の信金では貸出を抑えて、海外の株式や債券を買って運用しているところもある。多額の預金残高を誇りながら、預貸率が低い信金も少なくない。企業経営を人体になぞらえれば、血液に相当する金がすっかり失われていることになる。
信用金庫は、資本金9億円以下または従業員300人以下と定義される中小企業にしか融資できず、活動地域も信用金庫法で制限されている。この図式を西武信金に当てはめると、地域の中小企業に融資をしながら経営のサポートもして、彼らの成長によって預金残高を増やし、さらに地域に融資を広げながら回収不能額が極端に低いということになる。地域に根づいた金の循環を実現しているといえる。
豪放磊落を地で行くように快活な落合は、聞く者を巻き込むように語る。
「これまでは業況悪化の取引先を離してしまう金融機関が多かった。しかし本当に取引先を守る金融機関がないから、西武がやる。危ないからといって貸出をやめたらリスク管理ができなくなります。要はリスクを自分たちの中に全部取り込むことによって実はリスク管理ができるようになる」
笑みを絶やさぬまま、広く宣するように、自らに言い含めるように言葉を継いだ。
「新しい金融をつくっている─」
未来の日本を支えゆく中小企業を裏方で手厚く辛抱強く育む役割を担う。