そしてついにある休日の朝、ゆっくり寝ていたいニコラと、冷蔵庫の修理業者を呼んだバルバラの間に、出産後初めての大げんかが勃発。ニコラは自分の母を育児の手助けとして招くが、ミルク派の彼女と母乳派のバルバラは反りが合わず、気まずい空気が漂う。
そんな中、やっとのことで久しぶりに友人たちと会うため、隣の家に子どもを預けに行ったバルバラは、そこの子沢山ぶりに圧倒される。一人でも大変なのにどうやって? 子どもがいて愛し合うことは可能なの? さまざまな問いが彼女の頭を駆け巡る。
軋みがちな関係を修復しようと、家族でバカンスにでかけるが、子どもの存在の重さを改めて突きつけられる。互いに愛情はある。しかし子どもという他者が加わることで、関係は確実に変わった。「男と女」という関係性に「父と母」という新たな関係性をどうフィットさせていったらいいのかという大問題。これは世界共通のものなのだろう。
ちょっとしたことから他人の前で激しい口論をするという展開が、複数回ある。なぜわざわざ、他人がいるところで夫婦喧嘩をしてしまうのか。その根底にあるのは、バルバラの孤独だ。
一日中子どもと家にいる閉塞感。パートナーが自分から離れていくのではないかという不安。彼女の苦しみを、新米パパのニコラは全面的に受け止める余裕がない。だからバルバラは無意識のうちに誰かに助けを求めて、他人の前で爆発してしまうのだ。
ニコラと決裂し、疲れ果てて実家に戻り、「産まなきゃ良かった」と漏らすバルバラに、母は「パパと作った最高傑作が娘たちだった」と告げる。これまで厳しかった母の言葉に、自信を失っていたバルバラは救われる。
子どもを持った場合も持たなかった場合も、パートナーとの関係性はだんだんと変化していくものだ。その変化に互いが向き合い、互いが柔軟に受け入れていくことができなければ、破綻する。若い二人が最後にやっと辿り着いた再出発の地点は、歳を重ねても忘れないでいたいものだ。
映画連載「シネマの女は最後に微笑む」
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