妊娠初期のバルバラを見舞うのは、今まで体験したことのないような心身の揺れ動きだった。体型の変化を気にしつつも肉を頬張り、情緒は不安定で生活リズムは乱れ、ホルモンが活性化して性欲がやたらと亢進する。
そんなパートナーの変化に、ニコラは戸惑うばかり。「男は、妊婦は聖母だと思ってる」というバルバラの台詞は、両者の間に生じた厄介な溝を感じさせる。
久々に訪れた実家では、母に妊娠したことを言い出せずにいたものの、しっかり見抜かれ説教される。離婚して二人の子どもを育て上げた、何かと一家言ありそうなこのフェミニストの母の、娘を見る目は厳しい。
『理想の出産』に出演したルイーズ・ブルゴワン(左)とピオ・マルマイ(右)
そんな中、ニコラも将来のことを真剣に考え始め、手堅い会社員に転職を決意。購入したベビーカーについて、消費者テストで耐久性に問題ありとネット情報で知り返品する下りは、いかにも現代的だ。
積み重なっていくエピソードには日記の記述のように、バルバラのモノローグが随時挟み込まれる。出産を前にしてあれこれ試行錯誤する若い妊婦の姿に、「あるある」と呟く経験者は多いだろう。
「父と母」という新たな関係
ある夜、家中が水浸しになり増水していく中で溺れる夢を見た後、バルバラに陣痛が訪れる。この夢は、出産という出来事が彼女の心身にとっていかに重大な事件かを示すものだ。
出産までの病院での長い長い時間。母親教室をサボったので鎮痛用の機器の使い方がわからず、助産婦に叱られてキレるバルバラ。「会陰切開」という医師の言葉に卒倒してしまうニコラ。激しい痛みにあえぐバルバラの汗塗れの顔のアップに、「こんなこと誰も教えてくれなかった」というモノローグが被る。
このかなり壮絶な出産の場面と対照的に、深夜の病室で初めて授乳をし、しみじみと感動に浸るシーンは静かで美しい。一方で、会陰縫合の結果を多くの見習い医師に見られてうんざりしたり、退院当日にこれからの不安を助産婦に訴えて泣いたりといった、デリケートな場面も正面から描かれている。
育児生活は想像以上の忙しさで、泣き止まない赤ちゃんにバルバラの疲労は蓄積し、常時睡眠不足でパソコンに向かうも論文はなかなか進まない。仕事が多忙になったニコラともすれ違いが続く。