アイボの慰霊とザギトワへのご褒美

(Photo by Tomohiro Ohsumi/Bloomberg via Getty Images)


このような民間信仰とは別に、都市化が進展した近世の江戸では、両国の回向院に裕福な町人の手で犬や猫の供養塔が建立された。現代では1940年代後半に、寺院が犬や猫の葬儀・火葬・納骨・供養を引き受ける事業が始まり、やがて宗教法人以外にも広まり、ペットの葬祭事業が日本の各地に展開していくことになる。

空前のペットブームとなった平成以降には、全国で数百もの動物霊園・動物葬祭社が存在するといわれている。

アリーナ・ザギトワと日本の“忠犬”



「あのような忠実な友達が欲しい。一緒に散歩しても何も怖がらずに済む。私を守ってくれる」この発言の主こそ、平昌五輪フィギュアスケート女子で金メダルを獲得したアリーナ・ザギトワにほかならない。

五輪の直前まで調整のために新潟に居座った彼女は、雑誌で見つけた秋田犬の写真を気に入り、母親に飼いたいと伝えたところ、「五輪でいい演技をしたら考える」という答えをもらったという。

見事な演技で金メダルを獲得したザギトワに、「公益社団法人秋田犬保存会」(秋田県大館市)は、メスの子犬をプレゼントすることを決めた。

ザギトワが秋田犬をねだった大きな理由は、その“忠実さ”だった。ロシアではリチャード・ギアの主演で、忠犬ハチ公を描いたアメリカ映画「HACHI 約束の犬」(2009年)が公開されて以来、秋田犬は人気になっているそうである。

秋田犬はこれまでも、ヘレン・ケラーやプーチン大統領に贈呈されてきた。しかし、ザギトワが秋田犬を育てることができるのか、一抹の不安もつきまとう。だとすれば、まだ15歳の彼女には“日本犬”に馴れるために、アイボをプレゼントしてもよかったのではないか。

犬を“神”に祀る神社があった

ザギトワにはもしできることなら、日本における“犬の民俗”や“犬信仰”についても知ってもらいたいものである。

“日本の犬”は、人間と他界の境界にいる存在だった。犬自身もふたつの世界を自由に往来し、往来するものを助け、また妨げる能力をもつ両義的な動物だと観念されてきた。関東東部の「犬卒塔婆」「犬供養」も、こうした民俗のひとつである。

犬信仰については、日本には“忠犬”を“祭神”に祀る神社まである。愛知県岡崎市の「糟目犬頭(かすめけんとう)神社」がそれだ。社伝によるとこの神社は、701年に創建されたが、たびたびの洪水のため1190年に現在地に移った。珍しい社名は、次のような伝承に由来するものだという。

鎌倉から南北朝時代にこのあたりの城主だった宇都宮泰藤という武将が、神社の近くで鷹狩をし、境内の大杉の下で休憩していた。ところが大杉の上から大蛇が鎌首をもたげ、泰藤を襲おうとしたことに気づき、主人に知らせようと吠え続けたのが、泰藤が連れていた白い犬だ。しかし眠っていた泰藤は、犬がなんども吠えることに怒って、首をはねてしまった。すると犬の首は飛び上がって大蛇の喉に噛み付き、泰藤の命を救った。泰藤は犬に感謝し、その頭を手厚く葬り、「犬頭霊神」として神社の祭神として祀ったのだという。

ロシア人の少女はハチ公にまさるこんな話を聞いたら、どんな顔をするだろうか。

AIの墓場はどこにあるか



ところで、ソニーは新型アイボに、“犬の個性を死なせない”仕組みを取り入れているそうだ。インターネットと常時接続することで、飼い主とのコミュニケーションを蓄積・学習し、クラウド上に個体の個性を記録。すると買い替えても、その犬の個性を新しい機種に移すことができるのだという。つまりアイボの体が失われても“魂”は継承されるのだ。

AIの死、あるいはAIの魂について考えながら私は、やはり最近話題になった、ある“事件”思い浮べた。AIアシスタント「Alexa(アレクサ)」を搭載した「Amazon Echo(アマゾン・エコー)のデバイスが、なんの前触れもなく突然、魔女のような笑い声をあげたという事件である。

「アレクサ」は声をかけて指示すると、音楽の再生、天気やニュースの読み上げ、アラームの設定、オーディオブックの再生などをしてくれる“忠実な”AIのはずである。にもかかわらず、持ち主が近くにいないときでも、エコーが笑い声をあげるケースがSNSを通していくつも報告された。こうした“怪異現象”のほかにも、突然、近くの墓地や葬儀場をリストアップし始めたケースもあったというのだ。

呼びかけもしないのに“死後の慰霊”について、AIアシスタントが語り出す……。彼らはふと飼い主、持ち主があまり気にしてくれない、自分の慰霊や供養について思いをめぐらせていたのかもしれない。

文=畑中章宏 写真=Getty Images

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事