歴史に「もし」を考えてしまうチャーチル「伝記」映画の迫力

「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」の主演、ゲイリー・オールドマン(Photo by Getty Images)

日本人アーティストの辻一弘氏が、第90回アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したことで話題の映画、「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」。同じく主演男優賞を受賞したゲイリー・オールドマンがチャーチル本人になりきった演技も、この作品の見どころとなっている。

もちろん、オールドマンを見事にチャーチルに「変身」させたのは特殊メイクアップを担当した辻氏だが、すでに映画界からは引退していた彼を、「出演の絶対条件」として引っ張り出したのはオールドマンだった。

辻氏は京都の出身で、ハリウッドで25年以上にわたって特殊メイクアップ・アーティストとして活躍してきたが、2012年に美術彫刻家に転身、ロサンゼルスで現代美術家として活躍していた。辻氏はアカデミー賞の受賞スピーチで、ゲイリーに謝意を述べている。



「ゲイリー・オールドマンに心から感謝します。あなたと素晴らしい旅ができたことは、ほんとうに栄誉なことでした。あなたなしには、ここに立っていません。あなたは素晴らしい俳優で、熱心なアーティストで、真の友人です」

さて、こうして特殊メイク関連の話題ばかり先行していた「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」だが、映画としてもなかなか興味深いものがある。日本ではかなり長いタイトルで公開されているが、原題は「Darkest Hour」。脚本を担当したアンソニー・マクカーテンによれば、このタイトルはチャーチル自身の言葉に由来しているという。

長い邦題からは、チャーチルの伝記映画かのように思えてしまうが、内容は1940年5月9日から6月4日まで、約4週間の出来事が日付ごとに綴られていくというものだ。

作中では、日付が次々とクレジットされ物語が展開していくのだが、日付が次の日に変わるところまで映像で表示されており、これはなかなか新しい試みで、観客は否が応でも歴史の時間のなかに投げ込まれる。一種のタイムリミット・ドラマ的効果も狙っているのかもしれない。

さて、この1940年の4週間に何が起こったかというと、イギリス議会では内閣不信任案が出され、5月10日に後任の首相としてチャーチルが就任する。

一方、ヨーロッパ本土では、ヒトラーのナチス・ドイツがベルギーやオランダに侵攻、対するイギリスとフランスの海外派遣軍はダンケルクに後退、24日からダンケルクの戦いが始まる。チャーチルは国内の和平派の政治家たちと対立するが、ダンケルクから民間の船を動員して撤退するダイナモ作戦を実行、最終的には6月4日、ナチス・ドイツへの徹底抗戦を宣言するのだった。

昨年公開されたクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」では、3つの時間軸で撤退戦が描かれていたが、この「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」ではちょうどその裏側、つまりイギリス側でどんな決断がなされたかが、描かれていく。そういう意味で言えば、「ダンケルク」と対になる作品として観ても面白い。
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文=稲垣伸寿

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