ビジネス

2018.03.31

「神経〆」で台湾の漁業を変える、日本人シェフが描く夢

中央が今回の仕掛け人 稗田良平



愛媛の漁師 藤本純一

4代続く漁師の家系で、物心ついた頃から、漁師の仕事に憧れ、父や祖父に連れられて船に乗った。魚に関わっていることが、藤本は楽しくて仕方がなかった。餌や水深が違えば、魚の状態も違う。美味しさを引き出す〆方にもこだわりがあった。

市場で他の漁師が獲った魚と同じ価格で取り引きされようが、「俺の獲った魚が、一番旨い」そうプライドを持ってやってきた。そんな自分の魚の価値が、シェフに出会って初めてちゃんと認められた気がした。

そのうち「どんな魚なら、もっと気に入ってもらえるのだろう」と考えて漁をするようになった。やがて藤本の獲る魚の評判は広まり、東京や大阪の有名シェフからの注文が次々と舞い込んで来た。小さすぎる魚は獲らず、価値のある魚だけを獲るようになった。漁獲高は減ったが、収入は増えた。働く時間も減り、家族との時間も取れるようになった。

「『神経〆』を学び、質の高い魚を提供すれば、仕事を減らし、自分の生活も環境も守ることができる」と藤本は会場に集まった人々に訴えた。

魚の命のバトンリレー

とはいえ、藤本のケースが示すように、それは漁師だけではなく、鮮魚店、料理人とのネットワークが構築できて、初めて成り立つことだ。この3者の信頼関係の大切さを訴えたのは、林ともみだ。

林は、老舗鮮魚店の3代目。店は長崎県の福江島にある。福岡からプロペラ機で40分、あるいはフェリーで7時間かかる島は、けっして交通の便がいいとは言えない。一度荒天になれば、輸送もストップする。そんな離島の魚が、東京や大阪の一流料理店から、引く手あまたの人気を得ている。シェフたちは、なぜ彼女の魚を選ぶのか。林は「信頼」だという。

林は、島の人たちを相手に鮮魚店を営む両親のもとで育った。店では、釣ってすぐの魚をそのまま〆ることはしない。しばらく店内の生簀に放し、釣り上げられる際に暴れて溜まった疲労物質がなくなるのを待ってから、ストレスを与えないように水中で〆る。

魚と一緒に育ってきたから、魚のことはよくわかる。「魚のなかには、生簀にいるうちに人間に懐く子もいるのです。それでも私の手で〆なくちゃいけない。いつも、美味しくなってねと念じながら〆ています」

状態が悪い魚は、絶対に出さない。遠く離れた場所で、手にすることすらできない自分の魚を信じてくれている人たちを、裏切るわけにはいかないからだ。

鮮魚店は漁に行くわけではない。料理をするわけでもない。自然に育まれた魚の命を漁師から手渡され、活けじめの技法でいかに美味しく仕上げ、料理人に届けるか、それが仕事だ。信頼でつながれた人たちによる、魚の命のバトンリレー。「そんな大きな流れの中の一部を担っているだけ」と林は謙虚に語る。そして、「漁師、鮮魚店、料理人、その3者が同じ視点を持って初めて、クオリティの高い魚が生まれる」と会場の人々に訴えた。



この日のイベントのハイライトは、神奈川県で同じく鮮魚店を営む、長谷川大樹による「神経〆」のデモンストレーション。神経が通っている場所をどのように〆るかについて、図を使いながら説明し、魚2匹とイカを〆た。そして「すべての魚は同等の命の価値がある。雑魚と呼ばれる魚も、きちんと扱えば美味しく楽しめる」と話しかけた。
次ページ > 「神経〆」は高級レストランのものか?

文・写真=仲山今日子

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事