ビジネス

2018.03.24 12:30

サントリーによるボルドーシャトーのM&A、35年の軌跡とこれから


他の事業への相乗効果

一つの成功例は、他のビジネスにも好影響を与える。サントリーがフランスの伝統あるシャトーを所有・経営していることは、後々別の案件でも役に立つことになる。たとえば、その後ドイツのロバート・ヴァイルやカリフォルニアのセント・ジーンといったワイナリーを買収するときにも、フランスでの実績が相手方に信頼を与え、取引がまとまりやすかったという。

同様の効果は、2009年、フランスのオランジーナ・シュウェップス社を買収するというワイン以外の分野での大型案件のときにも発揮された。「オランジーナ」は、世界60カ国以上で販売され、フランスでは地方の小さいお店でもみかけるようなフランスの国民的炭酸飲料だ。この案件により、サントリーは幅広い販売網をも獲得した。

さらに、技術的な面でもシナジー効果が生まれている。サントリーは日本でも「登美の丘ワイナリー」などでワインを作っているが、椎名さんをはじめとするラグランジュのスタッフと国内の醸造スタッフとが連携をとり、知識や経験を共有している。

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シャトー・ラグランジュの椎名敬一副会長

V字回復の達成後、これからの取り組み

現在は、鈴田さんが築いた基盤を、椎名さんがさらに飛躍させるステージにある。買収後に新しく植えたブドウの木も30年近い樹齢となる。畑の持つポテンシャルを最大限に発揮できるよう、微妙な気候の違い(ミクロクリマ)やそれぞれの区画の特徴への理解も深まってきた。温暖化の影響など、栽培環境の変化も無視できない。

それぞれの区画やブドウ品種の個性を活かすためには、区画ごとに醸造をおこなうことが不可欠だ。2008年にさらなる設備投資をおこない、光センサーの選果機を導入し、収穫したブドウの選果の効率性を上げ、さらに小型サイズのタンクの数を増やし、106の畑の区画に対し、102のタンクを設置した。そうすることで、手間はかかるが、区画ごとにカスタムメイドで醸造ができ、ブレンドの選択肢が増え、最終的なワインの可能性が広がる。

グランクリュクラスのボルドーワインは骨格がしっかりしていて、長期熟成に向く。一方、良い年の良いワインであればあるほど、若いときに開けても、とっつきにくい場合がある。価格も高い。

椎名さんの代になってから、シャトーワインの更なる高みを目指しながら、並行して近隣のオー・メドック地域に土地を買い、「ル・オー・メドック・ド・ラグランジュ」という、手が届きやすく、早くから楽しめるラインも作り出した。消費者の目線に立ち、もっと気軽にボルドーワインを楽しんでほしいという希望から生まれた。

椎名さんが目指すシャトー・ラグランジュのスタイルは、「果実味があり、エレガントで調和があり、飲んでおいしいワイン」であること。ワイン作りには、まずは良質な畑から高品質なブドウが獲れること、それをそのまま表現できる醸造技術があること、そして、大勢の人が携わるためチームワークも大切だ。

いまのシャトー・ラグランジュは、ブドウの品質が上がり、経営体制やチームとしても安定し、ますます良いワインが作れる素地が整っている。これからの更なる飛躍が楽しみだ。

島 悠里の「ブドウ一粒に込められた思い~グローバル・ワイン講座」
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文・写真=島 悠里

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