「食のパラダイス」をつくる自然栽培農家の私感


当時6年目の自然栽培の畑を見せてもらった。彼の畑は雑草が1本も生えてない、手入れをされたきれいな畑で、そこに、「これで何も肥料やっていないの? 嘘だろ?」って思うほど、作物がよく育っていた。おみやげとして、在来種(地方の風土に適し、その地方で古くから栽培されてきた品種。一般にはほとんど流通していない)のコマツナをいただき、茨城に帰った。

忙しさに紛れ、失礼ながらも3日後に食べたそのコマツナが、所詮味はそんなに変わらないであろうと思っていたコマツナが……ぶっ飛んだ。その時僕は、どう感じたのか。

ひと口目、「あれ!?味があんまりしないや」と思ったが、ふた噛み、三噛みするとコマツナの香りが口内に広がり鼻にスーっと抜けていくのがわかる。「これが自然栽培在来種コマツナの味か!」と滋味深い風味がじわりじわりと出てくる。飲み込むとこれまた食道をスーっと降りていき、その瞬間身体中の遺伝子が震え、「これを待っていたぞ〜」と細胞ひとつひとつが喜ぶのを感じたのだ。

今までひと口噛んで「濃くて甘い」ものがおいしいものだと信じてきたのが、終盤のオセロのように、全ての概念を一気にひっくり返された瞬間だった。

僕は自然栽培を始めて10年になる。自然栽培のおいしさについて聞かれた時は、「肥料の味とかしないので、そのまんまの味がします」と答えている。

肥料や堆肥は、野菜の本来持っている味にコーティングをする。動物も植物も、摂取したものの味や香りに近づいてくる。イベリコ豚がどんぐりを食べて、ナッツ風味になり、パルマの生ハムが餌となっている乳漿(パルミジャーノ・レッジャーノをつくる過程で出る副産物)の香りを持っていたり、ワインをつくる修道士が「畑の土の味見」をしたりしたのも、その生育環境に味の方が近づくということを知っていたからだと思う。

野菜も、育った土壌の味や香りがする。それが匂いの残った堆肥がたっぷり入った土壌だったら……。ただ実際、よほど敏感な人か、肥料自体の匂いを知っている人しか、その肥料臭を感じることはできないかもしれない。なぜなら肥料や堆肥を使って栽培するのが当たり前で、その香りは当たり前の香り、そのもの自体の香りとして認識しているからだ。

でも、自然栽培でつくったものと比較すると、敏感でない人でもその違いに気づける。僕が栽培を始めて「野菜本来の香りだと思っていたものが実は肥料の香りだった」ってことがよくある。身近なものだと、米ぬか(玄米)、切り干し大根、生野菜だと、にんにく、ネギ、レタス、ジャガイモがよく分かる。

DNAには「こんな味になりなさいよ」とプログラミングがしてあって、畑において、太陽と土と水、風や月、いろんな生物が、その生育を手伝いながら「そのまんま」がつくられていくのだ。

以上、僕はこのそのまんまの味に惚れてしまったわけで、もっとたくさんの人にこの味を、自然栽培ってこんな味なんだって感じてもらいたいと思っている。違いを比較するワークショップでもやっていこうかな。

連載:「食のパラダイス」をつくる自然栽培農家の私感
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文・写真=唐澤秀

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