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2018.03.25

野菜の味は肥料の味? 農業のジレンマとは

自然栽培の畑の様子。肥料を使っていないが、野菜もよく育っており、虫食もない。


僕がいた農業法人では、全国で契約栽培していた2000枚のすべて畑を、肥料メーカーさんと共に土壌分析していた。理想とする土壌の成分表を作り、その通りに土壌改良をするということをしていたのだ。

土壌に足りない成分があれば、それを補うための肥料を入れて、適正値にするように、処方箋を作る。その処方には、化学肥料も使ったが、おいしくすることを考えて有機質肥料が中心だった。そうして土のバランスを理想値にするために、僕らと契約農家さんは膨大な費用(肥料代、分析代)と時間を使っていた。

これを何年も続けていたのだが、自分の中で次第に疑念が高まってくるのを感じていた。手間暇かけてやっている割には、生産物の品質が良くなっている実感がないのだ。僕は実際数年にわたり経過を観察し、分析した。するとなんと、むしろ病虫害の発生は増えており、品質も逆に悪くなっていたのだ。

一体、土の中で何が起こっていたのか。それは“富栄養化”だった。まあ、土の中のことなんてそもそもわからないから悩みが尽きないのだが、良かれと思って与えてきた結果として、肥料の残存量が年々増えていったのである。

「栄養が多くて何が悪いのか」と思うかもしれない。しかしこの富栄養化が、病虫害の原因となっていたのではないか。僕の頭の中に引っかかっていた木村さんの言葉が蘇った。「肥料や堆肥をやるから虫や病気が来るんだよ」と。

その農業法人には実験室があり、農学博士号を持った社員がいたので、彼と共に病気になったもの、虫に食われたもの、正常に生育したものの分析を行っていった。すると、「病虫害に侵された作物ほど、植物体内の肥料成分値が高い」という相関関係が出てきた。

つまり、有機質肥料によって富栄養化した土壌で育てられた農産物は、作物自体が富栄養化し、自ら虫や病気を呼び寄せていたのだ。

「有機栽培(=オーガニック栽培)は、虫や病気との戦いだ」という話を聞いたことがある人は多いと思う。それは、無農薬だから虫や病気と戦わなければいけないのではない。多肥の状態だからこそ、虫や病気と戦わなくてはならなくなる面があるのだ。自然の中の植物は、無施肥でも育ち、花を咲かせて実をつけるが、農薬をまかなくても、虫や病気に殺されることはない。実際、現在の僕の自然栽培畑でもそれは現象として確認できる。

しかも、一度富栄養化した土壌は簡単に戻らない。肥料は入れるのは簡単でも抜くのは非常に難しい。不運なことに有機質肥料や堆肥など有機質(オーガニック)は分解するのに時間がかかるので、ボディブローのように年々忘れた頃に効いてくる。

では、富栄養化した土壌で育った、富栄養化した農産物がおいしいかというと、そうではなかった。僕らの味覚では、植物体内の肥料成分値が高い野菜は、雑味を感じることが多く、おいしいとは言えなかった。

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自然栽培で育てた「黒田五寸人参」

自然栽培はDNAの味

「虫が寄って来る野菜はおいしい証拠」などと教わってきたが、全く違うじゃないか。「木村さんの言ってたことは、正しいのかもしれない」と、ここではじめて自然栽培に興味を持った僕は、埼玉で自然栽培をしている関野さんという農家さんのところに行って、自分の経験してきた話をした。

すると関野さんは、「そうだよね、肥料成分が抜けていけばいくほどほど病虫害はなくなって、おいしくなるよ」と、それがさも当たり前のように、教えてくれたのだ。
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文・写真=唐澤秀

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