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シネマの女は最後に微笑む

映画『紙の月』主演、宮沢りえ(Photo by Getty Images)

次々と新たな事実が発覚し、自殺者まで出して日本を揺るがせている森友問題。その「起源」の中心にいるのが安倍総理夫人であることは、世論調査などを見ても半数以上の人が確信しているところだ。

安倍昭恵氏は裕福な家庭に生まれ、ミッション系スクールを卒業したいわゆるお嬢さんだが、ファーストレディとなった後は、ラジオのDJをしたり、居酒屋経営をしたり、大麻解禁を訴えたり、LGBTのパレードに参加したり、講演で原発推進政策を批判するなど、それまでの首相夫人とはかなり毛色の異なる「自由」な社会活動をしてきた。

本人としては一貫しているかもしれないが、傍目には野方図にも思えるその活躍ぶりを見ていると、◯◯夫人という夫の付属物的な存在ではなく、仕事で社会貢献することを通し、安倍昭恵個人として多くの人々に承認、賞賛されたかったのではないかと思われる。そういう意味では、極めて現代的な女性と言える。

そしてそれらの活動の中で、「自分が何かを与えることによって人に感謝される」ことが大きな悦びとなり、一種の麻薬のようになっていったのではないかということも考えられる。麻薬効果によって、「感謝を通じて己の価値を確認するために善悪の敷居を踏み越える」という倒錯が起こっていたのではないか。

それで思い出されるのが、2014年の日本映画『紙の月』のヒロイン、梅澤梨花だ。

角田光代の同名の小説は、映画化の前に原田知世主演でテレビドラマ化されている。原作にかなり忠実なそれに比べ、吉田大八監督の映画では、主婦の巨額横領事件の顛末を軸にしつつ、彼女を取り巻く人間像や結末部を大胆に改変、脚色している。主演の宮沢りえは、数々の主演女優賞を受賞した。

「最後に微笑む」ヒロインを取り上げるこの連載に、犯罪に手を染める女のドラマは相応しくないだろうか。私はそうは思わない。なぜなら梨花は決してモンスターではなく、他者との理想的な関係性と「自由」を夢見る現代女性として描かれているからだ。

「ありがとう」で自分の価値を実感する

舞台は、バブル崩壊後の1994年の東京。梨花は会社員の夫と二人暮らしの主婦。銀行でパートをしていたが、真面目な仕事ぶりを評価されて契約社員となり、外回りの営業を担当している。

このドラマは、顧客の平林老人宅で偶然出会った孫の大学生、光太と梨花が再会して恋愛関係に陥り、その関係持続のために、梨花が顧客の金を着服し横領を重ねていく過程を、サスペンスフルに描き出していく。

ポイントは、梨花という女性の佇まいや言動が、「若い男に溺れて他人の金を使い込む主婦」という爛れた黒いイメージから、限りなく隔たっていることだ。生々しいベッドシーンが何度かある一方、彼女はいつも生真面目で思いやりがあり、どこか天然かつ純真な女性として造形されている。その底に、ぽっかりと欠落した何かを漂わせながら。

顧客から預った金に梨花が最初に手をつける(その時は支払った後すぐ補填するのだが)のは、デパートで今まで買ったことのない高級化粧品を揃える時である。

その前に梨花は、知り合ったばかりの光太に駅で声をかけられ、好意を示されている。さらにそれ以前、契約社員となった記念に買ったペア・ウォッチのプレゼントを、夫から軽く扱われて内心傷つく場面がある。

穏やかではあるが常に上から目線で、妻の厚意に喜びや感謝を示さない夫、仕事人としての妻に関心がなくすぐに背中を見せる夫に不満を募らせ、自分の背中を追いかけてくれる相手に応え、その人の歓心を得ようとする心理は、非常にありふれていると言える。

文=大野左紀子

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