「会社に行くのは年に1回。あって数回。だから、ノートパソコンが職場みたいなものね」
アレクシス・オハネシアンはこともなげにそう話す。それもそのはず。彼女が勤めるタスク管理ツール「トレロ」の本社は米ニューヨークにある。だが、オハネシアンが暮らすのはブラジル。自宅からリモートワークで働く彼女にとっては「インターネット空間が職場」なのだ。
近年、各国の政府や企業が働き方改革を進めるなか、リモートワークや在宅勤務が選択肢として注目を集めている。トレロはそれをグローバルに実践しており、社員の65%が遠隔勤務している。
2011年にIT企業フォグクリーク・ソフトウェアが開発した「トレロ」は、パソコン画面に付箋やポスト・イットを貼り付けるような感覚で「やること」を書き込み、チームと共有できる製品だ。14年に分社化した後、17年1月、同じように仕事効率化ツールを開発する豪ソフトウェア企業「アトラシアン」に4億2500万ドルで買収された。世界で約2500万人のユーザーを抱えており、2月には日本にも上陸する。
競合する製品もあることから、同業のアトラシアンによる買収は理に適う。だがトレロ共同創業者のマイケル・プライアー(40)は、買収の決め手は「ビジョン」と「バリュー(価値観)」だったと明かす。
「要は、目標に少しでも早く辿り着くためです。企業文化とゴールを共有する会社同士なら、一緒になるのは自然なこと」
共にユーザー1億人を目指している点、そして何よりも働き方の価値観が近い点が大きかった。同社にとってリモートワークが重要な理由。それは「優秀な人材を獲得できる」からだとプライアーは語る。
「世界中から優れた人をリクルートできるので、他社よりも優位に立てます。それに、全世界向けの製品を作るには、性別や立場、国境を越えて共感できる製品を、多様な価値観で一緒に作る必要があります」
そもそも、トレロという製品自体が「働き方」について試行錯誤した結果、生まれた製品である。前出のフォグクリーク・ソフトウェアの社員が30人近くになると、全員の業務内容を把握するのが難しくなった。そこで、カンバン方式にヒントを得た「やることリスト」に特化したソフトを開発。それは全員がリストを作り、5枚のカードに現在行っている作業を2つ、次にすることを2つ、そして当面は手が付けられないのを1つ書き込むというものだった。作業を可視化し、効率化することで社員全体が戦略的に動けるようになった。
「リモートワーク」も同じような経緯でトレロの大事な価値観の一つになっている。プライアーたちは採用を続けるうちに、「優秀な人材を採りたいなら、働き方を変えるしかない」ことに気づかされたのだ。