市民と公務員をつなぐ福岡市職員 カギは「対話力」

今村寛 福岡市経済観光文化局総務部長兼中小企業振興部長

「役所は良い子ちゃんばかりじゃない」。現役の地方公務員がこの言葉を発したのはとても新鮮に思えた。言葉の主は、1991年に福岡市役所へ入庁し、47歳から部長職を務める出世頭、今村寛だ。

今村の名を全国の自治体に知らしめた活動がある。市の予算をまとめる役割を担う財政課時代に実施した「財政出前講座」だ。

4年前に始まり、すでに講演回数150回、参加者数は延べ5000人を超えるこの「財政出前講座」は、年々厳しくなる自治体の財政状況を、住民や自治体職員に伝えて理解を求める活動だ。本来、行政は不都合な情報を出したがらないと言われる。しかし、今村は包み隠さず厳しい財政状況を伝えることによって、相互が腹を割って“対話”を行う土壌を作り、その方向性を一つにしていく。

難解な財政を分かりやすく伝えるためにゲームを取り入れるなど工夫にも余念がなく、講演は常に好評を博し、全国の自治体から開催希望の声は引きも切らない。

「騙し合い」への葛藤

彼自身が“対話”の重要性を感じるに至った原体験がある。財政課の係長時代に経験した職員同士の、まるで騙し合いとも言える予算決定にまつわる駆け引きだ。それは、これまでを振り返って最も辛かったことだという。

財政課は翌年度の予算をまとめる時期、寝る間もなく仕事に追われる。その間、予算がほしい事業部側は「くれくれ!」と要求し、コストを抑えたい財政課は「お金はない!」と応じる。予算が削減されることを見越して、あらかじめ過分な金額を要求してくる事業部もあった。

今村は「なぜ、こんなことが起きてしまうのだろう」と葛藤し続けた一方で、「財政課の主張を通すために、論破することばかりを考えていた」と自省する。その悩みが後に“対話”をうながす「財政出前講座」を生んだ。

ネガティブな気持ちにフタをしない

今村の“対話”への姿勢は、市の職員が本音で話せる場を創出した。5年前、市職員の飲酒関連の不祥事が相次ぎ、いわゆる禁酒令が出た時である。今村はそれについて話すべく、業務時間外にオフサイトミーティングを開催した。

1度目の会は公務員らしく「禁酒令をどうポジティブに受けとめるか」と建設的な議論に終始した。しかし、2度目の会には「愚痴を言いたくてしょうがない」「不満をとにかく爆発させたい」という職員も多く参加し、「綺麗ごとばかり言うな!」と怒号が飛ぶほど、建前抜きの議論が行われた。

オフサイトミーティングは発足以降5年以上も継続しているが、今村は何かを実行したり、解決する場にはあえてしない。“対話”そのものを目的とすることで、職員が日頃感じているモヤモヤを解消する術にしたいと考えているからだ。冒頭の「市役所職員は良い子ちゃんばかりじゃない」という言葉へとつながるが、ネガティブな気持ちにフタをしても、人は簡単に先へと進めない。誰しも聖人君子ではないからだ。

今村が“対話”を重視する姿勢は他にも存在する。2016年11月に博多駅前で道路陥没事故が起きたときのこと、今村は自分の管轄部署ではなかったが、復旧状況を随時個人のSNSでシェアすることで、市民の不安を受けとめる場を積極的に生み出した。

公務員は何かにつけて叩かれる風潮があるため、矢面に立つのは勇気のいることだ。あまり知られていない話だが、公務員というだけで、「お前らの給料は税金から出てるんだぞ! いくらもらってるんだ?」などと見知らぬ市民から言われることもある。そのため、自治体職員がその地位を隠すことは少なくない。ましてや、事故情報の発信となれば、批判も覚悟せざるを得ない。実際に、厳しい指摘も存在したが、今村は自らの保身ではなく、市民との“対話”を優先した。

結局のところ、物事を動かすのは人であり、多くの課題は “対話”が起点になって解決が進んでいく。今村のような街を愛する地方公務員が、市民と行政の距離を“対話”によって縮めている事実が、広く知られることを望む。

加藤年紀の『公務員イノベーター列伝』
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文=加藤年紀

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