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(左)マーク・ベニオフ(右)リ・カーシン

14. リ・カーシン/香港最大の企業集団・長江実業グループ創設者兼会長

2000年ごろヨーロッパでは3Gが金脈となったというのはいい過ぎです。周波数の競売のあいだ私はずっと、キャッシュフロー計画を実行し、熟考して進めるようにしていました。よく保守的過ぎるといわれますが、同業者が行き詰まっていくなか、わが社はまだ競争力を保っています。小切手にサインして投資するのは簡単ですが、株主が同様の利益を回収できるようにするのは容易ではないのですよ。

15. ニール・シェン/セコイア・キャピタル中国共同創業者

私たちのビジネスは非常に急速に変化していて、時代に追い付くには勉強を続けるしかありません。新たな視点を得るためには読むこと以外に、科学者や作家、政策立案者、哲学者など、畑違いの人と話すことも重要です。私たちは起業家がよりよい企業をつくる手助けをしていますが、この仕事がAIにとってかわられるとは思っていません。科学よりもむしろアートに近い仕事だからです。

16. ジョン・ドーア/VC KPCBパートナー

時代についていく方法は、自分の周りのあらゆる年齢、あらゆるバックグラウンドの賢い人々の話を読んで、聞くようにしていることかな。水曜日の夜にはだいたい、妻のアンと大学生のグループをディナーに招いている。彼らがやっている研究について話を聞くんだ。彼らの可能性や世界に挑戦する情熱には、インスパイアされているよ。

17. シャヒド・カーン/NFLアメフトチームオーナー

パキスタンからアメリカに来たのは16のときです。持ち金500ドルで吹雪の中を歩き、1泊2ドルのYMCAに泊まりました。それでもパキスタンでは大金です。だが翌朝、皿洗いで1時間1.2ドル貰えることを知りました。99%のパキスタンの人たちよりも高い時給です。それで気付いた。ここでは自分の運命を自分でコントロールできる、と。

18. ジュリアン・ロバートソン/ヘッジファンドのゴッドファーザー

私が就職した1950年代、最も人気があったのは広告業界でした。すべての有能な人間は広告業界に行ったものです。投資銀行なんて物乞いじゃないかってね。私は、ほんとうは投資銀行に行きたかったのだけれど、株式ブローカーとしてスタートしました。私がこれからキャリアをスタートする若者だったら、あまり人気のない分野を選びます。

19. シェルドン・アデルソン/カジノ王

16歳の時、自動販売機を買いました。当時の自販機は工場に設置するもので、客は週40時間労働の従業員だけでした。1日24時間1週間に7日、いつもタクシーが並んでいるので儲かりましたね。数年後、今度はラスベガスで成功したカジノをなぜ人口10億の中国に作らない理由はない、とマカオに飛んだのです。

20. ユーリ・ミルナー/投資ファンド DST創業者

ソ連で育った子ども時代、ビジネスが学びたいのなら地平線より遠い、アメリカくらいを見ろと父から教えられました。マーク・ザッカーバーグやスティーブン・ホーキングらと2016年にスタートさせた他の星に到達することを目指す「ブレイクスルー・スターショット」が成功すれば、地平線のスケールは宇宙サイズになってしまうことでしょうね。

編集=フォーブス ジャパン編集部

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