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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

Matej Kastelic /shutterstock.com

毎年、年賀交換会の時期に必ず思い出す情景がある。それは、37年前、筆者が新入社員の頃、自社の本社ビルで行われた年賀交換会に出席したときのこと。恒例の社長の年頭訓示を、本社の全社員が聴くという場での情景である。

この年の年賀交換会は、社員にとって、いささか気持ちの重い場であった。この企業の業績は、業界全体の不況の影響を受け、全社を挙げての必死の努力にもかかわらず、低迷を続けていたからである。従って、全社員、この新年の社長の訓示は、厳しい雰囲気の檄が飛ぶことを覚悟していた。

そして、その重い雰囲気のなか、いよいよ社長が登壇。どのような厳しい訓示となるか、その場の数百名の社員が、注目して待っていた。すると、社長、壇上に登るなり、全社員を見渡すと、破顔一笑、何と言ったか。

「諸君! 今年も愉快にやろうじゃないか!わっ、はっ、はっ、はっ!」

大声で、その一言を言い切ると、豪快な笑い声を残して、さっさと降壇した。一瞬、唖然とする経営幹部。呆気にとられる社員。しかし、すぐに会場は、笑い声の渦になった。そして、その瞬間、それまでの重苦しい雰囲気は、どこかへ吹き飛んでしまった。

この情景が、37年経ったいまも、心に残っている。なぜなら、この社長、リーダーとしての見事な力量を示した瞬間だったからである。

第一に、この社長は、並外れた「胆力」を持っていた。

この社長、この重要な場面で、「腹」が据わっており、会場にいる全社員を完全に呑み込んでいた。居並ぶ経営幹部と全社員が注視するなか、たった一言で、新年の大切な訓示を済ませることなど、いくら社長といえども、誰もが、できるものではない。

しかし、ひとたび「腹」を据え、「胆力」でその場を呑み込んだならば、言葉が伝わる。その場においてリーダーの語る言葉は、メンバーの「腹」に、真っ直ぐに伝わる。だが、この「胆力」という言葉、近年、政治や経営の世界では、死語になりつつある言葉でもある。

第二に、この社長は、「無意識」に処する力を持っていた。

まず、この年賀交換会において、この社長、集まった社員を見ただけで、その「無意識」の世界を感じ取った。社員の表面意識は、「頑張らなければ」と思っている。しかし、その無意識は、「大丈夫だろうか」との不安で暗くなっている。

そこで、この社長は、たった一言を発するだけで、その社員の「無意識」に働きかけ、それを明るく前向きなものに変えた。ただ一言で、社員の気持ちを陽転させた。これも見事な力量。「無意識」に処する力である。

第三に、この社長、「無言」で教える力を持っていた。

実は、この場面で、この社長は、「無言のメッセージ」を発していた。実際にその場で発した「言葉のメッセージ」は、ごく短いものであったが、経営幹部と管理職に対して、力強い「無言のメッセージ」を発していた。それは、「後姿」によるメッセージ。そして、経営の世界では、この「後姿」によるメッセージは、ときに、極めて強力なメッセージとなる。では、この社長は、経営幹部と管理職に対して、その「後姿」で何を伝えたか。

苦境において、リーダーたるもの、どうあるべきか。そのことを伝えた。

おそらく、この「無言のメッセージ」を受け止めた経営幹部や管理職は、この後、それぞれの部署に戻り、腹を据えて部下に正対し、明るく前向きな姿勢でマネジメントに取り組んだであろう。この社長は、腹の据わった楽天的な自身の姿を通じて、居並ぶ経営幹部と管理職に対し、「無言」で大切なことを教えた。

そして、筆者は、このとき、社長の後姿から、「話術の神髄」とは何かを学んだ。それは、実は、「言葉」を超えた所にある。そのことに気がついたとき、我々の話術は、想像を超えた高みに向かっていく。

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」
過去記事はこちら>>

文=田坂広志

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