「そのときのことを思うと、自分がサインしたり一緒に写真を撮ったりすることでその方がハッピーになるのであれば、いくらでも喜んでしたいんです。たくさんの人に夢や勇気を与えなくてはいけないエンターテイメントに携わる自分にとって、それが使命だと思うから」。夢が叶って10年経っても、目指していたころの熱い気持ちを忘れないでいる彼に、僕は素直に感動した。
例えば絶対に入りたいと思った会社に入社できた当初はワクワクしていたのに、そのうち新鮮味がなくなり、つまらないなと思うようになる人がいる。
そんなときは、「仕事人としての自分の使命とは何か?」を考えてもらえたらなと思う。いま目の前にある仕事をこなすのは、義務ではあっても、使命ではない。企画者であれば、使命は「社会の中にある問題を知恵によって解決する」こと。そのような原点に立ち返ることで、仕事への新鮮な気持ちを取り戻せるのではないだろうか。
名刺ひとつで変わる気分
朝礼以外にも、組織をまとめたり、働く人の気持ちをひとつにしたりするためのよい方法はいくつもあると思う。
僕は故郷・熊本県の天草市役所で「小山ゼミ」を開催している。ゼミ生は職員の若手有志7名で、天草市が北緯32度に位置することにちなみ、ゼミの名称を「N 32」とした。最初に取り組んだのは「名刺の作成」だ。
僕も初めて知ったのだけど、市役所職員の名刺はなんと自腹だという。だから、ブランディングも何もない、バラバラな印象を、もらった人に抱かせる。そこでN 32のゼミ生から市役所の職員に「共通の名刺をつくろう」と呼びかけることにした。
作成する名刺の完成イメージは、第一に天草の魅力をPRできること。第二に天草市民が「欲しい!」といってくれること。そのため、小池アミイゴさんというイラストレーター兼画家を天草に招待し、数日旅してもらって、彼がスケッチした風景を名刺に刷ろうと思いついた。
制作費に関しては、小池さんのアゴアシマクラ(食費・交通費・宿泊費)は僕が個人的に(天草市に寄付をするつもりで)出すことにして、「ギャランティーは、名刺を作成する職員が印刷費などの実費以外に、ひとり2000円出すのはどうだろうか?」と提案したところ、市役所の皆さんが賛同してくれた。
一方、小池さんもこの依頼を「光栄です!」ととても喜んでくれ、早速天草にやってきて、3日で250枚近くのスケッチを描いてくれた。それを市役所職員でベスト100位までしぼり、ひとり100種の天草の素敵な風景や景色が裏面に刷られた名刺が完成した。なお、僕のヨミでは100名は希望者がいる(=20万円のギャラを支払える)と思っていたのだが、なんと250名が「つくりたい!」と手を挙げてくれたのでした。大成功です。
街が輝くためには、まず役所が輝かなければいけない。役所が輝くためには、そこで働く人が輝かなければいけない。名刺は仕事をする上でとても大切なツールだ。渡したくなる名刺、渡して喜ばれる名刺を持っているだけで、仕事に取り組む気分が変わってくる、と僕は思う。
そのような想いからスタートしたこの企画は、使うみんなが「行政機関では日本一」と思える名刺を完成させ、さらに名刺の絵を利用して(税金をまったく使わずに)天草のプロモーションビデオをつくるまでに至ったのだ。どうですか、ちょっと欲しいでしょう?
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