──イベントという点を線にするために、他に意識してやっていることはありますか?
例えば今回の気仙沼の例で言えば、地元パートナーとタッグを組んだことで、作品発表と投票に気仙沼の菅原市長も参加してくださって、優勝アイデアは実際に町の新しい紙袋として使われることを検討してくれています。そうすると、このイベントで子どもたちが得た成功体験が実際の形となって広がっていくわけじゃないですか。
あるいは、Creative JamsにしてもDesign Jimotoにしても、3時間かけて一気に作るような体験を共有すると、それが終わってふと力が抜けた時に、お互いが「同志」みたいに近い関係になるんですよね。普段は違う会社だからほとんど話したことがない人たちが、点ではあってもこうした熱量のあるイベントを通して時間と課題を共有することで、そこから「いまこんなことやってるんだけど」「ああ、だったらこういう形で一緒にできるじゃん!」というカジュアルな場から新しい芽がどんどん生まれるのです。
だから、大切なのはアドビがいかにコントロールするかということではなく、参加者一人ひとりが何らかの成功体験を得られる場にすることだと考え、それを追求しています。
そのためには形にする、ということも大切ですし、イベントから出てきた作品は、必ず作り手のクレジットを入れて公開します。それがたとえ公的なものだったとしても、必ず作者のクレジットを入れてもらえるよう交渉します。作者の名前がきちんと前に出ることで、それを見た誰かが、また新たな案件をその人に持ちかけるというように、小さな点でも次の可能性につなげられるよう、細やかな対応を心がけています。
アイデアを形にした人の名前が前に出ることをNGとしてしまったら、それは人間の退化、ひいては国の退化だと考えています。作り手の名前が前に出ることを許容する社会こそが、イノベーションを生む土台となる、真に「表現しやすい社会」と言えるのだと思います。
──ビジネスの世界でも、日本企業は個人が前に出ることをなかなか許さないという問題がありますね。
本当にもったいない! なぜなら、アイデアを形にした人の名前がきちんと前に出ることは、自分ごととして「オーナーシップ」を持つ人数が増えるということで、その周りの人たちがさらに自主的に広めてくれる機会の創出につながるわけです。
囲うことでその会社のブランドのように見せたいという気持ちがあるのかもしれませんが、10年前、20年前ならまだしも、「いまさらその考え方?」と驚いてしまいますね(笑)。
武井は何かやりたいことを思いついたら、すぐに企画書をまとめて米国本社に直談判しに行くという。
──いま、熱を伝える、点を線にするために「コミュニティ」が重要だと多くの企業が気付き始めているタイミングだと思うんですけど、お話を聞いていると、武井さんは「リアル」にこだわっているように見えます。リアルとデジタルの関係については、何かお考えがありますか?
そういう意味で言えば、アドビには「Behance(ビハンス)」があります。Behanceはクリエイターのプラットフォームで、全世界で1000万人以上のクリエイターが登録して、自分の作品を公開したり、お互いにコミュニケーションしたり、あるいはクライアント企業がそこでタレントサーチをする場として活用されています。私がオフライン中心に自由に活動できるのも、アドビとしてオンラインと連携できる土台が確立されているから、というのはあるかもしれないですね。
デジタル化することで、コンテンツ自体が一人歩きし、どんどん波及する時代、それはデジタルの素晴らしいことだと思います。でも一方で、実際に会ってビジョン共有したところから生まれるエネルギーには、なにものも敵わないとも思っています。ライブで感じたその場の空気、共有した課題意識、五感どころか第六感まで使って感じるような、そこでしか味わえないインパクトは、なにものにもかえがたく、体内に残ると思っています。
Design Jimotoを奈良で行った際も、実際に会ったときに生まれるエネルギーを実感しました。多くのクリエイターさんはそれぞれ自分の案件で多忙だったりするため、同じ町に住んでいて、お互いのことをなんとなく聞いたことがあるクリエイター同士であっても、意外にもこういう場で顔を合わせて「はじめまして」だったりする。
でも、その「はじめまして」から始まったイベントの打ち上げの場で、「いまこういうプロジェクトやってるんですけど、これ一緒にやってもらえませんか?」「もちろんです」っていう輪がどんどん広がっていくのです。やっぱり実際に会って心の部分がつながると、共有できるエネルギーレベルが全然違います。