ファッションディレクターの森岡 弘とベテラン編集者の小暮昌弘が「紳士淑女が持つべきアイテム」を語る連載。第12回は、「トム ブラウン」のスーツをピックアップ。
小暮昌弘(以下、小暮):このグレーのスーツ、トム ブラウンですね。2001年にアメリカ・ニューヨークで彗星のごとく現れたデザイナーであり、ブランドですね。
森岡 弘(以下、森岡):彼の最大の功績は、トラッドをモードに変えたことでしょう、絶対に。僕も小暮さんもずっと『メンズクラブ』というトラッドを基軸に置いた雑誌にいましたでしょ。そこでトラッドを時代に合わせたスタイルに解釈することをずっとやってきました。僕らの時代に彼がいたら、きっと雑誌の誌面も違ったものになっていたでしょうね。もっと早く出会いたかった。
小暮:グレーのスーツ、白のボタンダウンシャツ、黒のウイングチップシューズ……。どれもトラッドのアイテムなのに、バランスを大胆に変えることによって、トラッドのイメージを大きく変えた。
森岡:こんな手がまだトラッドにはあったんだなぁ、と教えてくれたのはトム ブラウン。
小暮:ファッションショーで登場するスタイルはかなり挑戦的なものですが、定番的につくっているアイテムは完全にトラッドで、伝統的。
森岡:つくりは職人気質あふれるものばかりで、素材もオーソドックスで、とても上質なものを使っています。しかし、ひと捻りしただけで、あのスタイリングまでもっていく力量はデザイナーとして相当なものでしょう。
小暮:1950〜’60年代のアメリカにおけるスタイルが彼のベースです。映画『華麗なる賭け』に登場するスティーブ・マックイーンや上院議員の頃のジョン・F・ケネディのスタイルが彼のお手本になっている。
森岡:短めの上着の丈、パンツはくるぶしを見せるくらい短くはく。日本でも’50年代のアイビーブームの頃は、同じようなスタイルをしたものです。彼が見つけた発見が時代にうまくハマったという感じ。とても新鮮に見えた。
小暮:ニューヨークで聞いたことがあるのですが、デビュー前からずっと彼はあのスタイルで歩いていて、業界では洒落者として有名だったそうですよ。ラルフ・ローレンもブランドを立ち上げる前から英国調のスタイルでモーガンを乗り回し、業界紙に取材されていました。同じニューヨーク。共通項も多い。