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──健康が当たり前な世界になったとき、その先に見えてくる“生の意味”も変化してくるのではないかと思います。


井上:その通りですね。現時点で未来の価値観を予想することは難しいと思いますが、健康が当たり前になれば、必ずや価値観のシフトが起きると思います。たとえば、昔は、労働することによって、つまり身体を酷使し活動することで賃金を得ていましたよね。それが今は、お金を払ってジムで走っている。昔の人が、現代のように身体を酷使するためにお金を払っている世界を見たらきっと驚くはずです。健康が保証されるならば、これ以上簡単に価値観は変わるものだと思っています。

──健康の先に見えてくる価値を探すのは、現段階では難しいと。

井上:難しいと思います。なぜなら、私たちは今健康ではないから。ヒューマノーム研究所は、それを探すための研究とも言えます。少し大胆ですが、現代の我々の活動は、食う・寝る・働く、この3つだけで説明できそうじゃないですか? まずはここに注目して、人間そのものの解析から取りかかろうとしています。そして、この研究プラットフォームを活用すれば、いずれは人間を人間たらしめている「人を取り巻く環境」の研究にも着手できると思います。水質や空気などに始まり、行動心理学や宗教などの領域にも広がっていくでしょう。

──井上さんからは研究を人類の進化につなげたいという野望のようなものを感じるのですが、研究を学問だけで終わらせてしまう研究者の方々も多いのでは。

井上:大学の先生方の多くは、純粋に真理を探求することにわくわくを覚える、ピュアな追求者のようだと感じています。僕自身の技術も含め、「これを社会実装したら世界が変わるのではないか」「社会実装しながら研究した方が新たな発見があるのではないか」という事例は山ほどあると思います。

教科書に載るような世紀の発見だけでなく、社会に還元するという道もあるはず。ですから、リバネスでは「TECH PLANTER(テックプランター)」という仕組みを作り、研究成果の事業化に向けて多様な支援をしています。この活動で、若き研究者に「社会実装」という新たな選択肢を示せるのではと期待しています。

──もう一つお聞きしてみたいことがあります。健康であるために「最適化された状態」というのは、果たして人間にとって良い環境と言えるのかということです。

井上:僕たちは、ぬるま湯状態を作りたいのではなく、人間の進化を促進しようとしているんです。選択圧という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、菌の培養と比べると、人間の環境への適応はとんでもなく長い期間を要します。進化の鍵を握るのは、私達それぞれが持つ特徴にあると考えています。人間を並列化して同一の進化を起こすのではなく、一人ひとりの尖ったところを活かしていく必要がある。ヒューマノームでそれを導き出せるのではないかと期待しています。

──そのためには、自分自身を完璧に知る必要があるということですね。

井上:スケールの大きな話になりますが、地球はあと50億年もしくはもっと早くに消滅することが分かっています。これはもう決定事項。すると、あとは「いつ地球を出るか」もしくは「どう地球を救うか」です。最終的に人類はそこに向けて進化していかなければならないかもですね。


井上浄(いのうえ・じょう)◎株式会社リバネス取締役副社長CTO 博士(薬学)/薬剤師 2002年、大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。博士課程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、2015年8月1日より慶應義塾大学特任准教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所の設立、ベンチャー企業の立ち上げ等に携わる。2016年4月、「ポストヘルス時代」における人のあり方を思索する研究所 『ヒューマノーム研究所」を設立。

構成=ニシブマリエ 写真=藤井さおり

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