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2018.02.27

病気のない「ポストヘルス時代」、人はどう生きる?

リバネス取締役副社長CTO、井上浄

「人生100年時代」という言葉が市民権を得始めている。それが語られるときは、単なる生命の延長ではなく、いかに健康寿命を延ばすかがもっぱらの焦点となる。疾病や骨折、アルツハイマーなど、我々の健康寿命を脅かす存在へのリスクは、年齢を重ねると共に高まっていくというのが現在の一般常識。しかし、誰もが健康なまま100歳を迎えられる世の中になったとしたら──。

その「ポストヘルス時代」に向け、研究を行うのがヒューマノーム研究所だ。この研究所では、超異分野の研究者たちが集まり、「人間とは何か」という究極の問いを共に追求していくという。

「そう遠くない未来に、人間は健康を手に入れるでしょう」。そう語るのは、リバネスの副社長であり、この研究所を創設した井上浄氏。この連載では5回に渡り、発起人の井上氏が、「睡眠」「腸内細菌」「骨」「エピゲノム」、各分野のヒューマノームサイエンティストと対談を行い、さまざまな切り口から「ポストヘルス時代」の人間の可能性に迫っていく。

初回となる本記事では、ヒューマノーム研究所を立ち上げた井上氏に人類が向かうべき未来についてインタビューした。


──まずは「ヒューマノーム研究所」の立ち上げの背景について教えていただけますか?

井上浄(以下、井上):僕は主に免疫学や薬学を専門に研究をしているのですが、リバネスでさまざまな研究の支援や共同研究を行っていることもあり、多様な分野のスペシャリストと会うことが多いんです。色んな人の話を聞いていると、「どうやら近いうちに、健康は当たり前になりそうだぞ」と思うようになったことがきっかけです。

──近いうちにというと、どれくらいのイメージでしょう。

井上:今ある研究データをきちんと解析し関連付けて、これから出てくるデータへ受け継ぐことができれば、10~20年で達成できるのではないかと。でも、それには一つ問題があります。血液や骨、ゲノムや腸内細菌など、私たちの身体に関する様々なデータの収集と解析がそれぞれの分野で進む一方で、それらを統合する場所がないのです。

──分野ごとに孤立したまま、大量のデータを抱えている状態なのですね。

井上:大学だったり、会社だったり、知見がバラバラな場所にある。プラットフォームが存在していないんです。領域ごとに深度が増しても、それらを統合解析しない限りは人間の本当の健康は見えません。それらを横串で刺すためのプラットフォームが「ヒューマノーム研究所」なのです。多様なヒューマノームサイエンティストが集まる場をつくり、共に知識を交わらせながら研究を進めていきたいと思っています。

──なるほど。「ヒューマノーム」という言葉は、井上さんがつくった造語なんですよね?

井上:造語です。「〇〇オーム(-ome)」という言葉は、大量のデータが集合した総体のことを言います。ゲノム(genome)とかメタボローム(Metabolome)などがその例ですね。人間のあらゆるデータの総体という意味で、「ヒューマン」に「オーム」を付け、ヒューマノームと名付けました。

──人間を総合的に解析するというのは、これまでは研究されていなかったのでしょうか。

井上:これまでは、一人ひとりにフォーカスをあてた統合的な解析はされてきませんでした。従来は「大量のデータから平均値を出す」ことを基準にしたやり方だったんです。もちろん、病気との関連やバイオマーカーを見つけることが出来ますし、極めて有効な方法です。

でも考えてみてください。今健康な人たちにとって、平均値は果たして、一人ひとりにとって最善な解でしょうか? 知りたいのは「自分の」最適な状態ですよね。人によって健康な状態というのは違うものですし、“平均”という人間は存在していないので。

──確かに平均はただの中間の値で、「私にとって健康な状態」とは限りませんね。

井上:そうなんです。ヒューマノーム研究所のデータベースを用いて追求したいのは、個人のデータを徹底的に蓄積するということ。血液や腸内環境、ゲノムなど、それぞれの相関関係を個人の中で見ながら、その人が今どういう健康状態にあるのかを導き出す。おそらく「予防」という観点で極めて重要なデータになると思います。そして、それら個々人の大量のデータを横並びにしたとき、人類全体がどんな方向に進んでいるのかすら、見えてくるかもしれないと考えています。
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構成=ニシブマリエ 写真=藤井さおり

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