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2018.02.20

行動経済学が解き明かす「過労死」2つの真因|大阪大学・安田洋祐

大阪大学准教授、安田洋祐


日本の労働生産性は国際的に見てもかなり低く、アメリカの6割程度しかありません。これもひょっとすると、集中ボーナスに頼っている企業が多いせいなのかもしれませんね。

僕は、日本の労働者一人ひとりのポテンシャルはとても高いと思っています。問題は、それを活かすことができない組織の体質です。従業員をトンネル・インさせない働き方は、長い目で見れば組織にとってもプラスなのだから、トンネリングを起こさせない組織作りを模索することこそ、日本企業の課題なのではないでしょうか。

日本の組織が陥る「ブラック均衡」

岩佐:お話を聞いているうちに、働く一人ひとりがもっと自分のモノサシを大切にできれば、環境に追い詰められることも減るかと思うのですが、楽観的すぎでしょうか。


安田:いえ、それも社会が変わるきっかけの一つだと思います。他にも、ゲーム理論を通じた分析として、全く同じ組織であっても、何かをきっかけに残業なしのホワイト体質になることも、逆に残業が当たり前のブラック体質になることも、どちらの可能性もある、という見方があります。

これをゲーム理論では、釣り合いが取れた安定した状況(=均衡状態)が複数存在しうるということで、「複数均衡」と呼んでいます。



この図は社員Aと社員Bが定時で帰った場合と遅くまで残業をした場合を示していて、2人とも定時上がりの左上ではそれぞれの心理的な利益は2。みんなが利益を享受できる理想的な均衡状態なので、これをホワイト均衡と呼びましょう。ですが、均衡状態はもう一つ存在します。右下は両者ともに残業をした場合でともに利益は0ですが、自分一人だけ定時で帰ってしまうと大きく損をするため、一見すると馬鹿らしい状況であっても均衡状態になってしまっている。これがブラック均衡です。

日本の働き方改革が失敗する理由は、すでに組織が右下のブラック均衡に陥っているときに、それが安定的な均衡状態である、つまり簡単には左上のホワイト均衡に移行できないという難しさを理解せずに、取って付けた制度改革で従業員の行動をホワイト均衡に誘導できると勘違いしている点にあるのではないかと思います。

組織全体として残業体質がマズいことが分かっていたとしても、当事者目線に立つとそれを積極的に変えるインセンティブがない、という構造を十分に理解しないで働き方改革を進めても、絵に描いた餅で終わってしまう危険性が高いわけです。

岩佐:周りが残業をしていたら、自分も残業をした方が得になってしまう構図ですね。自分だけ帰ると仕事熱心でなかったり、自分勝手な人だと見られたりすることもありますから。

安田:そうですね。一番のポイントは、同じ職場でもホワイト均衡にもブラック均衡にもなりうる、という点です。別の言い方をすると、個人の属性とか性格は関係ありません。だから本当は、組織として悪い均衡から良い均衡に向かう方法を考えるべきなのに、日本の組織はしばしば犯人探しをしてしまいます。

岩佐:一度ブラック均衡になったらそれを変えるのは容易ではありません。


安田:逆に一度ホワイト体質で安定すれば、サービス残業をしても評価されないので、早く帰ってプライベートを充実させるようの働き方が増えるはずです。このように、組織にとって望ましい均衡を実現するためには、個人レベルでの努力には限界があり、上司やトップの意思決定が重要になってきます。10時以降の強制消灯など、組織レベルで思い切ったことをやるのは一つの有効な手段かもしれません。実際に、電通はそれをやったわけですよね。
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編集=フォーブス ジャパン編集部 写真=松本昇大

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