ビジネス

2018.02.20

行動経済学が解き明かす「過労死」2つの真因|大阪大学・安田洋祐

大阪大学准教授、安田洋祐

現在の資本主義に課題はないのか。経済学者・安田洋祐に率直な疑問をぶつける連続インタビュー、第3回は働き方改革について(第1回第2回)。

企業の力が強すぎ雇用関係が、働く人の幸福につながっていないのではないか。日本の労働環境が抱える歪みが、ゲーム理論によってクリアになる。


岩佐:資本主義の問題かどうかわかりませんが、僕は日本の労働者の自殺や過労死をとても危惧しています。これだけ経済が豊かな国の現実として解せない。いまや「KAROSHI(過労死)」は国際語になっていますが、日本では企業の存在が強すぎて、働く人の幸福に結びついていないのではないでしょうか。

安田:私は、過労死の原因は資本主義とも長時間労働とも直接は関係ないと考えています。なぜならハードに働いている人は世界中にいるのに、過労死なんて現象は日本以外ではほとんど起こっていないからです。


日本企業で過労死が起きる根本的な原因は、問題を抱えている従業員が、自身が組織から逃げる「イグジット」と、声に出して状況を訴える「ボイス」という選択肢を、取りにくい状況に追い込まれているからではないでしょうか。日本の組織は辞職という選択肢が一般的でなく、再就職も簡単でないため、一度組織に入るとイグジットという選択肢がなかなか取れません。

岩佐:その証拠に、特に大企業の離職率は圧倒的に低い。退職金なども同じ企業に長く務めるインセンティブとなっています。


安田:さらに悪いことに、イグジットしやすい状況でなければ、もう一つの選択肢である「ボイス」を実行するのも難しくなります。何かあっても辞めればいい、辞めてもそれなりの再就職先が見つかる、と割り切れるのなら声を上げるのも難しくありません。辞職に伴うリスクが大きい日本では、イグジットが現実的な選択肢とはならず、結果的にボイスもほとんど発せられることがない。

実際に日本企業では、組織の問題点を明らかにする証拠やデータが揃っていても告発がなかなか起こりませんし、仮に起きても告発した人はものすごく冷遇されます。過労死から少しズレますが、オリンパスの粉飾事件でも、何年も前から内部告発があったのにも関わらず握りつぶされたわけですよね。

トンネルの中にいる人には、外の世界が見えない

岩佐:では、過労死や自殺につながる労働環境は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。

安田:行動経済学の観点から解説しましょう。仕事などで精神的に追い込まれている人は、行動経済学用語でいう「トンネリング」の状態に陥っていると考えらます。これはトンネルに入ると外の景色が見えなくなるように、目の前のこと以外が見えなくなる状態を指します。

時間に余裕がなくなると、目先の仕事や嫌な上司との会話にしか思考が向かなくなり、自分の将来のキャリアや健康、貯蓄といった中長期の判断ができなくなる。死ぬくらいなら会社をやめればいいというのは、トンネルの外にいる我々だから言えることで、トンネリングを起こしている当事者には考えられません。



トンネリング現象にはプラスの側面もあります。締め切りが明日までに設定されていてどうしてもやらなければいけない状況であれば、いつもより集中力が増しますよね。これは「集中ボーナス」と呼ばれます。だからといって、これに依存しすぎると中長期的な判断に狂いが生じてしまいます。集中ボーナスは、無理をして短期的に成果をあげるためのドーピングみたいなもので、長い目で見ると仕事の生産性は下がります。
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編集=フォーブス ジャパン編集部 写真=松本昇大

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