4年ほど前、出雲大社の門前に、新しいおみやげ屋をつくるプロジェクトがありました。当時、脚光を浴びていたのは、「おみやげ屋のセカンドウェーブ」。店内に積み上げた箱菓子、手招きする店先のおばちゃん、なだれ込む観光客など「おみやげ屋のファーストウェーブ」といった従来の業態は、団体ツアーの減少とともに、限界が見えていました。その結果、地元の食材をロードサイドで販売する「地産地消の道の駅」が、注目を集めていたのです。
では、おみやげ屋のサードウェーブって、一体どんなものなんだろう? 僕はこの問いの答えを探しに、毎月のように島根県を訪れ、クライアントとの打ち合わせ前後に、周辺の道の駅をしらみつぶしに巡りました。
出張の夜は、島根県産の豊かな山海の幸に舌鼓を打ち、また翌日には、出雲市内の別の道の駅を訪れる、という日々。そんなときに出会った道の駅の店長さんに、ふと「どうして島根県の食べ物はどれもこんなに美味しいんですかね?」と、僕の素朴な疑問をぶつけました。そのとき、彼の返した答えに、大きな衝撃を受けたことをいまもはっきりと憶えています。
曰く、「そもそも島根県は鉄道や道路などの輸送網が発達していない。だから、多品目の野菜を少量だけ栽培し、県内のみに出荷しているような小さな規模の農家が多いんだ。おまけに農家の多くは高齢化も進んでいる。この辺りの農家のおじいちゃんやおばあちゃんたちは、面倒臭いって言って、自分たちの作物に農薬や化学肥料を使ったりしないんだよね。そりゃ美味しいよね」と。
出雲大社前の「えすこ」。立ち上げ前訪れた道の駅で、ものぐさな無農薬有機野菜と出合う。
無農薬や有機栽培の野菜の栽培は、意識が高い少数の農家の方々がやるものと、一方的に信じ込んでいました。ところが、「面倒臭いから」という理由で農薬や化学肥料を使わないという、すこぶるものぐさな動機から生まれた、安心安全で美味しい野菜が普通に買える。そんな環境がこの地域にはあります。
もちろん、強い羨望を覚えたことは言うまでもありません。まるで、いつも必死に頭をフル回転させ、何とか新しいアイデアを捻り出そうとしていた僕の姿勢を嘲笑うかのよう。けれども驚くべきことに、農家のおじいちゃんやおばあちゃんの「ものぐさ」から、確かな価値が生み出されていたのです。