ライフスタイル

2018.02.17 16:30

イタリアのスローフード生産をささえる自然を活用する建築

石積みのパーゴラの葡萄畑が広がる、カレマ村の風景

石積みのパーゴラの葡萄畑が広がる、カレマ村の風景

イタリアの伝統的な食の美味しさの背景には、食と自然を結びつける建築や人々の技術がある。そして、地域ごとに異なる魅力が、地方発展のためのアグリツーリズモにつながっている。そこから今の日本が学ぶべきことは非常に多い。私がそんなことを思い始めたのは、イタリアへ留学したことがきっかけだった。

工房の調査から学んだ食と建築の密接な関係


島根県畑地区にある柿乾燥小屋は、地域の天候に配慮して建てられている。

私は東京工業大学で塚本由晴教授の研究室に所属していた。その研究室では、産業化やグローバル化の影響により、世界中で同じような建物がデザインされていることを危惧し、それぞれの国で文化や自然にあわせて設計された建築を観察、参照し、その土地固有の設計活動をしていた。また、「WindowScape」という建築の窓の調査も継続的に行っていた。

その中で、私の代では光、熱、風、湿気といった身の回りの資源を活用する日本の伝統的な手仕事の工房の窓を調査した。例えば島根県畑地区にある柿乾燥小屋は、標高150〜200mの山間に位置し、冷涼で乾燥した風をとりこむために、柿を吊るす2、3階部分の窓を全面開放にできる仕組みになっている。

こうした工房の調査を続けるうちに、私は身の回りの資源と食を結びつける“建築の工夫”に興味を持つようになった。そこで目をつけたのが、イタリアだ。

スローフード生産をささえる建築

イタリアでは1980年代から、ファストフードや食のグローバル化に対抗したスローフード運動やアグリツーリズモが盛んになり、農業地域の活力が再生され、地域ごとの食文化や伝統的な食品生産が守られてきた。それは戦後のチェントロ・ストリコ(市街地)を中心とした復興計画から、市街地と田園を一体的に計画しようとしたテリトーリオへと移行した時期に重なる。

アグリツーリズモ(Agriturismo)とは、イタリア語の農業(Agricoltura)+観光(Tourismo)からできた造語。いわゆる農園滞在だが、農作業を手伝うというスタイルのものではなく、「都会の喧噪から離れ、田舎生活を楽しむ」という新しいスタイルを指す。

私はイタリアへ留学中、この国の伝統的な食品生産にみられる“自然を活用する建築”の調査を行なった。

例えば、レモンを育てるための「パーゴラ」。パーゴラとは植物を絡ませる木材などで柱と梁を組んだ棚で、斜面地の畑でレモンの葉や枝を支えながら、果実が海風や太陽の光を受けやすいように設計されている。



レモンを育てるために組まれたパーゴラ

食品の加工が行われる建物も様々で、トマトの乾燥小屋は、風あたりのよい庇の下にトマトを吊るす設計。そのほか、冬場に川から吹く湿気を窓から取り入れ、レンガで湿気を増幅することで生ハムの表面にカビを生やすための熟成室、チーズにカビを生やすために地下水を引き込んで湿度を保つコンクリート造の熟成室など、自然を活用する建築が多く見られた。


垂れ下がっているのは乾燥中のトマト


湿度を保ち、チーズを熟成させるための部屋

その中でも興味深かったのは、北部のピエモンテ州とヴァッレ・ダオスタ州の境に属するカレマ村のワイン生産の事例だ。そもそもピエモンテ州は、ワインの王様とも言われる「パローロ」を誇る有名なワイン生産地。それが近年は、隣接するカレマ村のワインが、バローロに勝るとも劣らないと注目を集めているのだ。

標高300〜600mに位置する寒冷地域にあるカレマ村は、実はワインの命でもあるブドウづくりには適さない地域。しかし、前述のレモン栽培でも見られた「パーゴラ」の柱を石でつくることで、昼間に熱を蓄え、夜間にはそれを放射し、ブドウを夜間の冷気から守るという工夫をしている。また、ワインの熟成室を地下に設けてその冷気と湿気を活用。機械換気に頼らず、木樽でワインを熟成させている。


ブドウ栽培のためのパーゴラは柱が石でできている

その結果今となっては、ブドウ栽培のためのパーゴラと熟成室が、このカレマ村特有の風景となっているのである。

イタリアの農村地域では、地域独自の伝統技術を維持、洗練させることで産業を発展させ、世界に発信しているが、カレマ村も例に漏れず、食生産を支える建築を産業発展やアグリツーリズモにも繋げている。

日本の食と建築の可能性

スローフード生産を支える自然を活用する建築は、地域固有の風景を形成している。それはただ昔からの風景が残っているだけでなく、そこに人々の営みや食の生産という実践がともなっている風景だ。それらを独自の観光資源として位置付けることができているから、イタリアでは地域の食が食としてだけにとどまらず、アグリツーリズモが盛んなのではないだろうか。

そして今改めて日本の食品生産をみてみると、伝統や身の回りの資源を活用する建築がたくさん残っている。日本でそれらを継承し、世界に発信していくためには、この分野で成功しているイタリアのスローフード生産やアグリツーリズモから学べることが多いはずだ。

文=正田智樹

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事