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2018.02.13

経済学では「世界の半分」を説明できない|大阪大学・安田洋祐

大阪大学准教授、安田洋祐

成長を志向する現在の資本主義に、課題はないか。前回、低成長でも弱者の救済は可能だとする「脱成長論」をきっぱりと退けた気鋭の経済学者・安田洋祐。そんな安田が考える、貧困層を救済する手段とは。


岩佐:経済学では、どのようにして貧困層を救済しようとしているのでしょうか。

安田:僕個人としてはNHKの「欲望の資本主義2017」に出演した経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ氏と同じで、国家がパイを大きくして再分配を進めるべきだと考えています。しかし、再分配のやり方については経済学者の間でも意見が別れています。一番わかりやすいのは富裕層が貯め込んでいるお金を集めて社会保障や減税として貧困層に還元することですが、実は保守系の経済学者の多くはこれに反対しています。

岩佐:再分配への反対があるんですか。どのような理由で?

安田:富裕層から資産を無理に奪ってしまうと、市場に歪みが生じて悪影響が出るというロジックです。ビル・ゲイツ氏が典型的ですが、彼は10兆円近い資産を毎年約10%のリターンで運用していると言われています。この資金を取り立てると、企業への投資が減ります。そのことで資本設備が貧しくなれば、社会全体で生み出されるパイが小さくなり、結果的に貧困層の取り分も減ってしまう、というわけです。

だから、極力市場に介入せずに富裕層の成長に期待すれば、次第に貧困層にも富が降りてくるというトリクルダウン理論を彼らは唱えているんです。強引な再分配が社会全体のパイを減らすというこの基本的なロジックは強固で、ノーベル経済学者であるスティグリッツ氏でも突き崩せてはいません。僕は崩せる糸口があるかもしれないと思っていますが、それをきちんと論文に書いて、確立できるどうかはわかりませんね。

経済学の原理は「トレードオフ」

岩佐:既存のロジックを崩せる糸口はどのあたりにあるのでしょうか?

安田:少し経済学の前提からお話しさせてください。経済学を大雑把に分けると、国家単位でGDPや失業率などを分析するマクロ経済学と、消費者や家計、企業などの行動を分析するミクロ経済学があって、どちらも根底にあるのは「トレードオフ」の考え方です。これは、一方をとれば他方を犠牲にせざるを得ないという状況を指していて、このとき人間がとる合理的な選択行動を通じて、世界を解き明かそうとするのが経済学です。

この視点で投資や貯蓄を捉えると、現在の消費と未来の消費の間でのトレードオフと考えることができます。退職後に備えていまの消費を諦めるのがわかりやすい例ですね。

岩佐:現在と未来の消費についてのトレードオフというのは、まさに「アリとキリギリス」の話ですね。
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編集=フォーブス ジャパン編集部 写真=松本昇大

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