ビジネス

2018.02.13

経済学では「世界の半分」を説明できない|大阪大学・安田洋祐

大阪大学准教授、安田洋祐


安田:ところが、こうした経済行動の分析から外れる存在がいるのではないかと僕は考えています。それが俗に「トップ1%」と言われる、世の中の上位1%を占めるような超富裕層です。ゲイツ氏の資産は約10兆円ですが、さらに凄いのは、それを年利10%のリターンで回していること。

つまり、放っておけば彼の資産は毎年1兆円、1日で約30億円増える計算になります。仮に4時間睡眠で、毎日20時間せっせと消費に励んだとしても、 1時間に1.5億円ずつ使わなければ元本は減りません。つまり、どれだけ消費をしても、絶対に減らすことができないほどの富をすでに得ているんです。

一生分のお金を手にしているゲイツ氏は、現在と未来のトレードオフにもはや直面していないのではないでしょうか。だとしたら彼の行動原理は、現行の経済学ではうまく説明できません。もちろん、これが彼一人の話であれば、それほど大きな問題ではないのですが、クレディ・スイス・グループによると、いまやトップ1%が全世界の金融資産の半分以上を保有していると言われています。

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岩佐:トップ1%がゲイツと同じような状況だったら、全世界の半分の資産の動きがトレードオフでは説明できないことになりますね。

安田:そうなんです。全人類が、「現在」と「未来」の間で金銭のトレードオフに直面しながら望ましい消費・貯蓄行動を計画する、というのが標準的な経済学の世界像なのですが、この前提が根本から崩れることになってしまいます。

先ほど、保守系の主流派経済学者が再分配による貧困層救済を否定していると話しました。論拠であるトリクルダウン説も、そもそも全員が金銭のトレードオフに直面しているという前提があるから出てくる理論です。超富裕層を適切な形で経済モデルに組み込むことができれば、今までになかったマクロ経済の動きが見えてくるのではないでしょうか。

時間のトレードオフで本当の競合を探す

岩佐:お金以外のファクターで経済学のモデルをつくることは可能なのでしょうか。

安田:できます。ゲイツ氏だって金銭以外のトレードオフには直面していますから。例えば、時間のトレードオフでしょうね。

事業や投資のオファーが無数にあるゲイツ氏は、油断していると自分の時間がなくなってしまいます。限られた時間の中で自分が持つ財団のプロジェクトを進めるのか、家族と過ごすのか、読書をするのか、といった具合に、絶えず時間のトレードオフに迫られているのです。経済学の原理であるトレードオフ自体に問題があるのではなくて、金銭的なトレードオフにばかり注目し過ぎたことが問題なのだと個人的には考えています。

岩佐:不老不死にでもならない限り、時間の使い方は永遠の課題です。時間のトレードオフは、メディア業界にとっても大事な問題だと思っています。現在、人が本を読むかどうかを左右しているのは、本の値段ではなくて、3時間以上読むのにかかる時間になっています。

安田:まさにその通りで、時間のトレードオフという観点で本を捉えると、隙間時間や娯楽の奪い合いになります。そうすると本のライバルには、ゲームアプリやネットサーフィンといったメディア以外のジャンルも含まれるでしょう。トレードオフの視点は、ビジネスを考える上でも非常に重要です。
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編集=フォーブス ジャパン編集部 写真=松本昇大

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