ビジネス

2018.02.12

ウーバーを通じて見えてくる、日本とアメリカの「社会構造の違い」

世界中の450にも及ぶ都市で展開している、タクシー配車アプリである「ウーバー」。ユーザーにとっての利便性を高める一方で、その成長には摩擦も多く、イノベーションの難しさを感じさせる。


車だけではない。冷蔵庫や電話から、部屋や家や水泳プール、それにペットにいたるまで、生命的な自律性が組み込まれる可能性は随所にある。もの(Things)に生命性がインストールされ、あらゆる技術が生命化される未来。それは「物心化」が進む未来である。

未来の世界では人間は世界の中心ではない。いつまでもガイア(地球を中心とした全生態系)の頂点にいたいというのは、人類のエゴというものだろう。人類がガイアに働きかけ、フィードバックを受けて維持する現代の世代を人類世紀(anthropocene)という。未来はALを中心にすえたAL世紀(alife-procene)とでも言うべき世紀になっていくのだろう。


NVIDIAやインテルなど半導体メーカーが、人工知能の普及とともに自動車業界との繋がりを深めている。画像認識に関わるNVIDIAが提供する画像処理のプロセッサー中心に注目度は高い。

モリス・バーマンというアメリカの社会学者は、「デカルトからベイトソンへ」(1981)の中で述べる。「未来の文化は人格のうちにおいても外においても、 異形のもの、非人間的なものをはじめ、 あらゆる種類の多様性をより広く受け入れるようになるだろう」と。

ウーバーが滑走する2017年のL.A.は、いろんな人種が一緒になって社会をつくっているという意味において、30年前に書かれたこのバーマンの未来イメージに近づいている。多様性を受け入れることで立ち上がる新しい世界観、ユートピア、それを語る言語こそ、ALが人類にもたらしうるものである。自動化された車というのは、そうした未来への第一歩である。心配なのは、日本にそうした多様性を受け入れる準備があるかということだ。
 
アジアからどんどんと移民が入ってきたら日本人の職がなくなってしまう。だから移民は受け入れないのだと言う。そういう話を聞くと、日本はいまだに鎖国が続いているのかもしれない、と思ってしまう。 AIが既存の人の職業を奪う、だから同じようにAIの使用を制限するのだろうか。

インターネットが出現し、ソフトウェアの開発をみんなで協力して行う「オープンネス」という考え。日本はこれに馴染めない文化圏である。サザンの曲をネットで自由に聴くこともままならない。日本はいまだに既得権益が優先される旧い国なのか。ウーバーやエアビーアンドビーにかけられる制約を見て救われない気持ちになる。

しかし、これからの世の中は、ますますオープンネスが強くなる。その流れは止まらない。多種多様な民族が、人間もAI/ALもみんなが手に手を取り合って世の中を変えていく時代。それがAL世紀(alife-procene)である。
 
そういえばウーバーを運転する中東系のドライバーが、「今度は娘が日本に勉強に行くんだよ」と誇らしげに言っていたのを思い出す。一方で去年は日本からハーバード大学に留学しようという学生は一人もいなかったらしい。ぼくが子供の頃、アメリカは憧れの国だった。マクドナルドにケンタッキー、月の石にフリスビー。いま、日本はそうした日常のものから、科学技術に至るまで多くのものを手に入れ物質的にはずいぶんリッチになった。

もうアメリカに学ぶものはないと考える向きも多い。特にいまのトランプの時代には。しかしアメリカの自由で独立な精神、多様性を重んじる精神、そうした心的に成熟した社会の形に、まだまだ日本は学ぶべきものがあるだろう。AI/ALとやって行かざるを得ない未来の日本が学ぶべきものははそこにしかないのだから。


池上高志◎東京大学教授。東京大学大学院総合文化研究科広域科学教授。生命とは何か? をテーマに理論的研究を進め、アート活動も行う。著書に『人間と機械のあいだ』(講談社2016)など。

編集=フォーブス ジャパン編集部

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