ストーリーは現代経済にも影響を与えている。2007~2009年の経済危機も、実は「ナラティブを基準とした時間軸」に沿っている、とシラーは主張する。株式と住宅市場のバブルは人が簡単な金儲けの話を聞くことで生じるが、金を失った話が広がるとパニックが起き、経済はさらに低迷する。
シラーなどの経済学者がダボスの公開討論会で話題にしたもう一つのナラティブは、最近よく聞かれる「機械が人間に取って代わる」という話だ。自動化技術の導入で失職した人たちの話を最近読み、不安になった人もいるだろう。実はこのナラティブが本格的に議論されるようになったのは、1811年のラダイト運動(英国で工場の機械化に反対した労働者たちが起こした運動)からだ。
シラーによると、このナラティブはそれ以降、約15年ごとに繰り返されている。しかし、このナラティブの問題は、機械化により失われる仕事よりも新たに創出される仕事の方が常に多いという点だ。
想像力を刺激するナラティブ
ナラティブの研究は、国や企業の指導者に多大な影響をもたらす。
今年のダボス会議を通して議論された大きなテーマは、ポピュリズム(大衆迎合主義)とグローバル化という2つのナラティブのどちらが勝つのか、ということだった。アイルランド紙アイリッシュ・タイムズの記事では興味深いことに、この話題について議論するリーダーが使った例え話に注目している。リーダーたちは自分の主張を裏付けるため、ストーリーを積み木のように使っているのだ。
シラーは、経済学者がブレグジット(英国のEU離脱)のようなポピュリスト的行動を予測できなかった理由はまさに、ナラティブが人間の行動に与える影響を経済学者が考慮していないことにあると論じる。「私たちは、経済的な事象を引き起こす原因が主に精神的なものだという事実を正面から受け入れない限り、重要な経済事象を真に理解することはできない」とシラーは著書『アニマルスピリット』で述べている。
成功するのは想像力を刺激するナラティブだ、とシラーは語る。リーダーとして、自国や企業、業界に広がるストーリーが気に入らないことがあるかもしれない。その場合は、人々の行動の根幹にある心理的な力を理解すれば、対抗するナラティブの普及に成功する可能性がはるかに上がるはずだ。