金融から紐解く、世界の「今」


「増えるけどいつでも使える」お金なんてない

仮想通貨はそもそも法定通貨ではない以上、それが支払決済に使えるかは、ひとえに「相手側がそれを受け入れてくれるかどうか」にかかっている。よって、「仮想通貨は世界中で使える通貨」という言い方は、かなりミスリーディングである。

また、仮想通貨は裏付けとなる資産を持たず、債券や株とは異なり、持っていても利子や配当が得られる訳ではない。究極的には何らかの財やサービスと交換しないと、その価値を具現化することはできないものである。

一方で、値動きの激しいものは、支払決済にはなかなか使われにくい。明日値上がりすると思うものを、今日の支払には使いたがらないだろう。また、明日値下がりすると予想されるものを、受け取りたがる店もないだろう(だから、インフレやデフレは経済にとって有害なのである)。値動きの激しい仮想通貨が、若干なりとも支払決済に使われているとすれば、誰かがその価格変動リスクを負担しているわけだが、そうしたリスク許容度には限界もあるはずだ。

仮想通貨が「支払決済手段である」ことと「投機的投資の対象である」ことは、本質的に相反するものなのである。「自分が投機をする間は値上がりを続けるが、使う時には急に価格が安定して広く使える」といった夢のようなお金は、ないと思った方が良い。

冒頭紹介した伊丹十三監督の別の映画「タンポポ」では、売れないラーメン屋を、通りすがりの人々が力を合わせて立て直していく物語が描かれている。夢は、お金そのものの中にあるわけではない。お金の「使い道」の先に、人間が作っていくものである。

文=山岡浩巳

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい