烏合の知(医療・紛争・事件の最前線)


臨床試験の参加者を見つけにくい

第2の壁は、既存の治療薬で得られたアルツハイマー型認知症の特性が関係している。

アルツハイマー型認知症では、一定以上症状が進んでしまうと、現在使用が認可されているどの治療薬も効果を発揮しない。薬の効果が得やすいと言われるのは、軽症、あるいはそれ以前の前駆期と呼ばれる患者である。

ところが前駆期の患者は、自分自身はおろか周囲も認知症であると気づかないことが多い。認知症を疑って病院へ診察に訪れることはまずないし、職場や自治体が行う健康診断でも見つけることが難しい。しかも、前述した診断手法ゆえにこうした患者でのアルツハイマー型認知症の診断難易度は上昇する。医師の問診でも、認知症スケールでも、もともと記憶や計算が苦手な人と、その力が低下した人の違いを見つけるのは、かなり難しいからだ。

それゆえに、医師も製薬会社も、治療効果が出しやすい臨床試験に適した人を見つけることが難しい。最終的に臨床試験の枠組みが決定しても、それから必要となる参加者が集まるまでに数年を要することもあるのだ。

運良く臨床試験参加者の募集に成功しても、その効果を調べる臨床試験にも、特有の問題がある。

一般に新薬の臨床試験では、参加者を2群に分け、新薬候補物質と、それに似せた薬効のない偽薬(プラセボ)をそれぞれ投与し、その効果の差を、統計学を使って明らかにする。

ところがアルツハイマー型認知症の場合、進行が緩やかなため、一般的に1年半程度で行われる臨床試験の期間中に、偽薬に比べて明確な効果を確認するのは、他の病気と比べてかなり難しいのだ。

しかも、効果の確認手段は、前述した曖昧さを含む認知症スケールを用いるため、偽薬と比べて明確な効果の差を評価しにくい。認知症スケールの結果は、対象者のその日の体調や気分によっても揺れが大きい。

これらをクリアするとしたら、より多くの患者でより長期間の臨床試験を行わねばならない。しかし、そのコストは極めて膨大なものになるし、製品化がいつまでも進まない。現状はそのような状態になっている。

患者を第一に考えれば、立ちはだかる2つの「壁」が、構造として高すぎるのではないかという考えもある。アルツハイマー型認知症の臨床試験のデザインを組み直し、新薬開発に対する公的支援などの枠組みも検討すべき時期に差し掛かっていると言えるかもしれない。

【連載】烏合の知(医療・紛争・事件の最前線)
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文=村上 和巳

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