アリババ以来のIPOに世界が注目 中国女性を虜にする「神アプリ」

呉欣鴻(ウ・シンホン) 美図(メイトゥ)CEO

中国女性が“神アプリ”と絶賛する美顔アプリで世界制覇を目論む「美図(メイトゥ)」。スマホ登場前から次代の欲望を見抜いていた「高卒起業家」が予見していた未来とは?


完璧なセルフィー(自撮り)を撮るための鉄則を、中国の若い女性たちは頭に叩き込んでいる。スマホは顔の斜め上45度の位置に掲げ、上目づかいで顎を少し引いてレンズを見る。そして、何より肝心なのが「メイトゥ」のアプリで画像を加工すること──。

メイトゥが開発した美顔系アプリの月間アクティブユーザー(MAU)は世界4億8000万人を超え、中国のみならずインドやブラジルの女性たちをも魅了する。

さらに肌質や年齢などを自動で把握する“自撮り専用スマホ”を販売するメイトゥは、2016年に香港市場に上場。5億ドル以上を調達し、中国のテック業界でアリババ以来の大型IPOとして注目された。

「会社を立ち上げたころは、自撮りがビジネスになるなんて誰も思わなかった。でも、そのサービスが本当に求められるもので、みんなが使うものなら利益は生めるはずだと確信した」と話すのはCEOのウ・シンホン(37)。

高卒起業家が見抜いた“世間の欲望”

メイトゥの創業は今から約10年前、08年にさかのぼる。

「当時は初代iPhoneがリリースされたころ。誰もまだスマートフォンの可能性に気づいていなかった。メイトゥも当初はパソコン向けの写真加工ソフトをつくっていた」

ウはほかの多くの中国のテック業界の創業者とは違い、海外に留学した経験はなく、大学にも進んでいない。

「父親は製造業の工場経営者で、1990年代の不況の時期に会社を畳んだ。経済的にはあまり恵まれた家庭ではなかった。内向的で、家にこもって絵ばかり描いていた。17歳で最初のパソコンを手に入れると自分のサイトを立ち上げた。そのころからインターネットで起業したいと思い始めた」

高校を卒業後、01年に最初の会社を立ち上げた。

「学歴もない自分は就職したとしても出世は望めない。そこで独学で学んだプログラミングの知識を生かして起業しようと思った。ウェブデザインの会社を立ち上げたら、ホームページをつくりたい企業から次々と受注が来た」

事業が拡大するなかで趣味として熱中したのが写真だった。女性モデルたちを撮影するうちに彼女らの「もっと美しい自分になりたい」という欲望に気づいた。そして生まれたのが、画像編集ソフト「美図秀秀」だ。

「最初はシンプルなソフトだったけれど、徐々にいろいろなエフェクトを追加した。当時、日本のゲームセンターにはプリクラというマシンがあって女の子たちが夢中になっていると聞いて、東京の渋谷まで見に行ったこともあった」

メイトゥが本社を構えるのは福建省南部の台湾海峡に面した海沿いの都市、厦門(アモイ)。海辺でヤシの木が揺れる温暖な町で、わずか10人ほどで始動したメイトゥが急成長した背景には、中国のスタートアップ界で「伝説の投資家」と呼ばれる蔡文胜の存在がある。1970年生まれの蔡は、厦門から数十km離れた泉州市の貧しい農家で育った。

高校を中退し、安物の化粧品販売店を始めた蔡は、つましい暮らしを送り資金を蓄え、インターネットの黎明期にドメイン登録事業を開始した。そして、08年にはドメイン登録サイト「265.com」をグーグル・チャイナに売却。そこで得た資金をさまざまなネット企業に注いだ。その一社が、彼が現在会長を務めるメイトゥだ。

「蔡は自分よりも12歳年上で、インターネット業界に深い人脈をもっていた。彼の知見をシェアしてもらって、一緒に成長戦略を描いた。最初に決めたのは、目先の利益は追わないということだ。目障りで邪魔な広告は入れず、ユーザーの望みをとことん叶えるプロダクトを実現する。大事なのは、まずユーザー数をつかむこと。巨大なユーザーベースさえあれば利益は後からついてくる」(ウ)

その後、中国でスマートフォンが急激に浸透した11年に最初のモバイルアプリを公開。わずかな期間で1億人のユーザーを獲得した。
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文=上田裕資 写真=セオドア・ケイ

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